月経で汚れた下着をバケツに入れて道路に出される

私は小学4年生の時に小学校のトイレで初潮を迎えました。なにも予備知識がなかったので大怪我をしたのだと思い、生まれて初めて死の恐怖に怯えました。

泣きながらヨロヨロと保健室に行きました。

その日はたまたま父兄参観(私は母子家庭です)の日で、私の不登校問題で母が学校に呼び出されていたので、保健室の先生は母を呼びに行きました。

私は、母が校内にいることを知っていたのに、母のもとではなく保健室の先生に助けを求めていました。

保健室の先生が、母に私の体のことを説明していたのを聞きながら、私は「母にきっとまた怒られる」と思って嫌な気持になりました。

子供心に「どうやら今日は自分にとって大切な日らしい」と感じ、どうしてこんな日に限って母が学校にいるのかと、がっかりしました。

母さえいなければ、保健室の先生が優しくしてくれて、大切な日に優しい先生と一緒に保健室にいられたのにと思いました。

母に家に連れて帰られると、生理用品の置いてある場所を教えられ、自分で使うようにと言われました。

私は、生理用品の使い方が良く分からずに、度々下着を汚しましたが、母から「汚れたらお風呂場のバケツに漂白剤を入れて下着を綺麗にするように」と教えられていたので、なるべくそうしていました。

しかし、3歳年下の弟がいたので、恥ずかしくてできない時もありました。

こっそり洗濯機の中に隠して、弟のいないときに洗おうと思って、そのまま忘れてしまうことも何度かありました。

そんな時は、毎回母に叱られました。

「きさね(汚い)、気持ちわりい! まっこつ(本当に)常識がねえ。そのだらしね(だらしない)ところは父親そっくりじゃわ! どんげしようもねぇ(どうしようもない)人間じゃわ!」

必ず怒られるときは、離婚していなくなった父を引き合い出されて罵られていました。

物心ついた頃から母に怒鳴られていたので、私は無気力な子供でした。

改めようと努力しても、きっとまた失敗して母に叱られるのだから、私は欠陥人間なんだ、生きていないほうがいいんだ、と毎日思っていました。

ある日、珍しく真面目に学校に行って家に帰ってくると、家の前の道路にお風呂場にあるはずのバケツが置いてありました。

私の育った場所は過疎地です。

その道路は、近所の人や、同じ学校の人や、顔見知りの人がみんな歩いて通る道です。

バケツの中を見たら、私の汚れた下着が入っていました。

私は、なぜ母がそうしたのかを考えると、恐ろしくて身体が凍ったようになりました。

その汚れた下着は私自身だと思いました。

母の私への嫌悪感が恐ろしくて、そのバケツをどうすることもできませんでした。

そのまま自分の部屋に逃げ込んで、布団を頭から被ってジッとしていました。

いつも息が苦しくなったり、心臓がドキドキしたり、耳鳴りがしたり、体中が痛くなったりしたときは、そうやって布団を被ってジッとしていました。

台所の方から、母の大きな声が聞こえました。

「あんたが、また汚れた下着を洗濯機に入れちょったから、何回ゆっても治さんから、お母さんはみぃんな(皆)に、あんたがだらしねぇ、っちゅうところを見てもらうために、外に出しちょったからね。これでもう、みぃんな、あんたが、きさねぇ(汚い)、だらしねぇ人間じゃっちゅーことが分かったわ」

母は、廊下の向こうの台所から、私のいる部屋に向かってそう言っていました。

私は、ガラスが割れるような気持ちになりました。

もう恥ずかしくて学校に行けない、外にも出れない、弟もバケツを見て怖がるだろうから、もう弟を守ることができない。

もう二度と、布団から出たくない。

壊れた現実を見たくない。

そう思って、何日も何日も布団の中から出られませんでした。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。