眼窩底骨折(がんかていこっせつ)をした前日の出来事

2012年9月15日午後4時半頃、私は当時開講していた千歳烏山太極拳クラスでの指導を終え、井の頭公園駅行きのバスに乗っていました。

直前の北京修行で、八卦掌第五代正統継承者 麻林城(ま りんじょう)老師より、伝統八卦掌の修得過程の全十段階のうち、第六段階となる「八卦連環掌」を伝授されたばかりでした。

当時、北京修行は3か月単位で実施していました。八卦掌の伝承を受けるために、それが条件だったからです。

1日最低4時間以上の苦練。それも条件の一つでした。

クラスの授業で指導するだけでは、麻林城老師から要求されている次の課題を到底クリアすることはできなかったので、クラス指導の後も、プライベートの休日も、私は毎日毎日八卦掌の練習に取り組んでいました。

「抓紧时间下功夫」
時間をつかみ取ってでも練功すること。

それが、中国武術を学ぶための心得です。

厳しい世界ですので、何度も挫折しそうになりましたが、その日の私は大きな幸福感に包まれていました。

その理由は、そのとき私は、麻林城老師のお言葉を体感できていたからです。

「本物の練功とは、人を消耗させるものではない。練功すればするほど、さらにその奥が知りたくなり、精神と身体に幸せをもたらしてくれるものが、本当の練功法である」

八卦掌を学び始めたばかりの頃、麻林城老師は私にそうおっしゃってくださいました。

その言葉を信じて、4年間必死に単調な基本功を繰り返し繰り返し、数千時間も積みました。

そして、4年後の夏、中国でも本物の伝承を受けている者は数名しかいない、と言われていた「八卦連環掌」を伝授していただけたのです。

もちろん学んだのはまだ型だけでした。本物の功夫をつけるためには、更に長期間に渡る自主練を行わなければなりません。

しかし、八卦連環掌は、学んだばかりだというのに、それでもまるで本物の龍になって空にも舞い上がれるような感覚でした。

夏の終わりの夕方、井の頭公園は人通りも少なくとても穏やかな雰囲気でした。

見上げると、とても美しい木漏れ日に包まれていました。

「ああ、太陽も樹々も美しいな。世界は美しい。このままここでずっと練習していたい」という気持ちになりました。

心の底から幸福を感じました。

過去の恐ろしい支配から逃げ切ったこと、中国伝統武術界に出会ったこと、そのおかげで人間らしく生き抜くことができたこと。そしてこれからは、自立、自由、自分磨き、愛する人との出会い、恋愛、結婚、そういうことができるようになったこと。

それが嬉しくて、胸がはじけそうでした。

そしてなにより、いつか八卦掌の継承者になって董海川ファミリーの一員になる夢に一歩近づけたこと、血の繋がりはなくても努力次第で家族の一員になれる夢があること。

家族のいない私にとって、尊厳と、死んでも消えない伝統継承者という繋がりは、命に代えても欲しいものでした。

「夢は、かならず叶う!」

私の胸は、自信と希望に満ち溢れていました。

生まれてきて最高に幸せな時間だったかもしれません。

しかし、次の瞬間、なぜかほんの少しだけ不安な気持ちが沸き起こりました。

翌日は、私が会長となって主催していた日本中国伝統功夫研究会の交流練習会が予定されていました。

「行きたくないな」

無責任ですが、なんだか嫌な予感がしました。

「ずっとこのまま、この木漏れ日の下で八卦掌の練習をしていたいな」

そう思いました。

そして、「ダメだダメだ、私が訪中している間、留守にしていたクラスの会員さんたちや、自主練習をリードしてくれていた指導員のみんなにお礼をしなければ」

そう理性で自分を律しました。

今にして思えば、指導員のみんなや、会員のみなさんは、私に無理をしてまで、イベントを開催して欲しいなんて思っていなかったことは分かります。

私が、気を使い過ぎていたのだと思います。

予感は大切にすべきだと思いました。

翌日、イベントは無事行われました。

しかし、翌々日の朝、私の顔は眼窩底骨折と、左こめかみの骨折で、顔の3分の1が破壊されていました。

つづく

>> 眼窩底骨折で救急搬送

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