眼窩底骨折で救急搬送

私が眼窩底骨折をした当日、2012年9月16日は、第3回目となる全クラス合同の『交流練習会』の日でした。

天気予報は小雨だったのですが、当日の朝の空を見て、今日は晴れると踏んだ私は、中止にせず決行しました。

交流練習会は、楽しい雰囲気で問題なく行われました。

その後、会員さんの一人が幹事を担当してくださっていて、とても素敵な居酒屋に親睦会の席を設けてくださっていました。

当時、会員は100名近くいました。クラスも13クラスありました。そしてそのすべての指導を私が担当していました。

加えて、3か月単位で北京の師のもとに八卦掌を学びに行っていたこともあり(これが教えをいただく条件でした)、疲労が溜まっていた私は、一気に気が緩みました。

それまで私は、日本の修行道場に住んでいた2年間と、中国に武術留学していた6年間、そして帰国して2年半、計約10年近く、プライベートでは友人も知人もなく、一日も心休まることなくストイックな生活をしていました。

賑やかな雰囲気と、綺麗なお店の内装を見て、会員さんたちへの感謝の気持ちや、みんなと一緒にいれる嬉しさで、心躍りました。

コースは、飲み放題でした。

会員さんの一人が、こう声を挙げてくれました。

「先生が、このような席に来てくださるなんて珍しいことですよ。ほんと、初めてって言ってもいいんじゃないかな?」

場が盛り上がりました。

私も、お酒を注がれるがままに飲んで、楽しいひと時を過ごしました。

一次会は、このような雰囲気で終了しました。

お店の出口で、そのまま帰るグループ、二次会へ行くグループに別れました。

私は、自宅から歩いて近かったこともあり、二次会へ行きたいと言いましたが、女性の会員さん2人に「先生、もうお疲れの様ですし、帰った方が良いですよ。〇〇さん、先生をタクシーで送ってあげてください」と言って、私を返そうとしてくれました。

私は、その日は二次会へ行きたい気分だったので、軽い押し問答になりましたが、結果、女性の会員さんは、幹部会員の1人と会員の1人(どちらも男性)と私をタクシーに乗せ、お店から近い私の自宅前まで送るようにと、男性2人にお願いしました。

距離的に、10分もかからなかったと思います。

しかし、次に私が意識を取り戻した時は、救急車の中でした。

頭部全体に激しい痛みがあり、搬送された病院でレントゲンを撮ったときも、のたうち回っていました。

病院では、医師に「目の裏にヒビが入っているだけ」と言われたので、その後すぐ、警察署に行くことになりました。

実際には、目の裏のヒビだけではなく、眼窩底骨折と、こめかみを骨折していました。

救急車を呼んだのは、私が住んでいた集合住宅の住人だったそうです。

住人が発見したとき、私は血だらけで階段に倒れていたそうです。

つづく

>> もう一人の受傷者

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