日本舞踊のお師匠さま

私は小学校に上がる前に、日本舞踊のお稽古に通い始めました。

自分から習いたいと言い出したわけでもありませんし、母から習わされたわけでもありません。

その地域では、御霊祭(ごりょうさい)や、お祭りがあるときに、小さな女の子の踊りが必要だったらしく、地域活動の一環として私以外にも同い年の小さな女の子が数名、週に一度公民館に来てくれる日本舞踊の先生に踊りを習っていました。

初めて踊ったのは、『さくらさくら』でした。

観客席から身体を斜めに向けて座り、扇で顔を隠す姿からはじまり、サクラ、サクラ、という歌に合わせて1人ずつ顔を見せていく、という踊りでした。

そういえば、中国武術の歇歩(シエ・ブゥ)と同じ歩法でした。日本舞踊と太極拳の歩法にはたくさん共通点があります。それから袖や帯を美しく見せるために身体を捻るので、八卦掌の螺旋の動きにも共通するところがたくさんあります。

小学校に上がると、一緒に習っていた女の子達は、一人一人辞めていきました。

私もそろそろ辞めてもいいのかな?と思い、お稽古を何度か休んだときがありました。

そうしたら、日本舞踊の先生が私の母親に直接連絡してくださったそうです。

「あなたの娘さんは、才能があるから弟子にしたい。お月謝はいらないから、稽古を続けるように勧めてください」

そういう内容のことを言ってくださったそうです。

母は喜んでいました。

「お祭りで踊ると、客席からおひねりを貰えるし、大人になって綺麗な着物を着れる日本舞踊の先生になったら、玉の輿にも乗りやすい」

そのような経緯で、私は日本舞踊を5歳から12歳まで学びました。

流派は日本舞踊楳若流(うめわかりゅう)だったと聞いています。

お師匠さまは女性で、とても厳しい方でした。

稽古用の着物の着付けから、お辞儀の仕方、返事の仕方、いろいろなお作法を、笑顔なしで教えてくださいました。

不思議と怖くはありませんでした。

踊るのも、だんだん好きになりました。。

お稽古は週に一回だけなので、自主練習をしなければならないのですが、私の家は機能不全家族で、母親から日々虐待やネグレクトを受けていたので、自主練習はほとんどできませんでした。

なので、お稽古の日にお師匠さまに叱られます。

それが嫌になったので、毎週お稽古の日は早目に公民館に行って、自主練習してからお稽古を受けることにしました。

憶えているのは『藤娘』です、他にもいろいろな踊りを習いました。切腹をする侍に刀を運ぶ小侍役で男装もしました(個人的にはこれが一番しっくりきました)

ある時、市で大きなイベントがあるということで、私も出演することになり『巡礼お鶴』という踊りを習うことになりました。

生き別れの母を探して巡礼する女の子、というストーリーの踊りでした。

同じお師匠さまに習っていた近所の年配の女性が、お鶴の母親の役でした。

イベント会場は、その頃の私には見たことがないほど大きな施設で、舞台も広く、観客席にはたくさんの人たちがいました。

すると、急に大人の人がやってきて「急に順番が変更になった、もう次だからすぐに舞台の袖に行って準備して!」と言われました。

慌てて舞台の袖まで走ったら、衣装のわらじの紐がほどけました。

「おっかさん役」の相手は、反対側の舞台の袖にいるので、私は一人でした。

なかなか結べなくて困っていたら、もう司会者の紹介が始まって、曲が流れてきました。

私は、仕方なく「これはアドリブで乗り切るしかない」と思い、「生き別れの母との偶然の再開のシーンを、お師匠さまに習った踊りとは違うけど、わらじの紐がほどけたのを結んでもらう、というシーンにしよう」と自己判断で変更しました。

とにかく、司会者の人や、相手の人や、観客席の人たちに迷惑を掛けたらいけない、ということしか考えられませんでした。

舞台に上がると、おっかさん役の人も舞台中央まで歩いてきました。

私は、習っていたセリフを変えて「わたしは、おっかさんをさがして巡礼の旅をしています、いまわらじの紐がほどけてしまって、困っていたところです」と演技しました。

おっかさん役の人は、すぐに分かってくれて、お鶴のわらじの紐を結んでくれて、その後は無事に習った通りの踊りを踊ることができました。

踊りが終わると、観客席にいた人たちは、泣いていていたそうです。

お師匠さまは、とても喜んでくださいました。

「あなたには生まれつきの華がある。大きな舞台に負けない存在感があった。踊りの色気は習っても身につかない。あなたの踊りは天性の色気がある」

と言って褒めてくださいました。

 

お師匠さま、途中で習うのをやめてしまってごめんなさい。

一緒に習っていた年配の女性に「あなたはまだ若いから踊りのチャンスはいくらでもあるけど、私たちはもう踊る機会は少ないから、もうここには来ないでね」って言われたんです。

それでも頑張って習いに行っていたけど、あの日、お師匠さまが来てくださっていた近所の大屋敷でお師匠さまを待っていた日、あの日はお師匠さまはお休みの日だと知らずに待っていたんです。そうしたら、お屋敷の男の子たち3人に、追いかけまわされて、いたずらされそうになったんです。

怖くて、あれ以上習いに行けなくなりました。

でも、厳しくお作法や踊りを教えてくださったこと、本当に感謝しています。

お師匠さまが弟子にしてくださったことで、虐待を受けていた子供時代に、貴重な学びと尊厳を得ることができました。

お師匠さまのご指導のお陰で、太極拳という道を切り開くことができました。

私の人生の初めての師が、お師匠さまで本当に良かったです。

ありがとうございます。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。