母親から受けた虐待・ネグレクト

母親について

私は弟と2人兄弟でした。そして私たちは母親から虐待やネグレクトを受けていました。

母は決して悪人ではないと思います。虐待を受けていた私も弟も、母親に怯える気持ちの奥底では「お母さんは可哀そう」という感情があったからです。

母親は病院で診断を受けてはいませんので、正確なことは分かりませんが、何らかの発達障害か、若しくは他の障害があるのだと思います。アルコール依存症や、その他の依存症の影響ではないことは分かっています。

しかし、子供にはとても受け止められない言動があったことは事実であり、そのことで私は複雑性PTSDを発症し、弟は何らかの精神障害を発症し、若くして生き別れとなりました。

これは母親の置かれていた環境、または個性や性格では済まされない問題だと、私は現在に至っても思っています。

子供の頃、周囲の人たちに苦しさを打ち明けても、当時はまだPTSDという症状が一般化していなかったので、私と弟は支援機関と繋がる知識もなく、複雑性PTSDの症状が悪化していく人生を歩むしかありませんでした。

具体的に受けた虐待・ネグレクト

両足のアキレス腱(けん)を断裂した出来事。

長距離トラックの恋人ができた母親に、私と弟を同行させられ夜中に何時間もトラックの中に放置される。

私が熊蜂に頭を噛まれて母親に助けを求めたところ、走って逃げられる。

母親に不登校を責められ棒で殴られて外に追い出される。家の裏に隠れていたところを窓を開けてバケツで水をかけられ、真冬の屋外に何時間も放置される。

畳味のポテトチップス

小学生の頃、月経で汚れた下着の処理が分からず洗濯機に入れたところ、バケツに移し替えられて、家の前の人通りの多い道路に見せしめとして置かれていた。

母親から私を身ごもっているときに「何度も冷たいお風呂に入って流産しようとしたこと」を繰り返し聞かされる。

不登校の罰として、母親に何日も食事を与えて貰えなかった。

母親から「母子家庭で無理心中をしないだけ有り難いと思え」と教育される。

小学生の頃に一緒に住んでいたシェルティーが猟犬に襲われたときに、身を投じて助けたら母親に「子供のくせに気持ち悪い」と罵られる。

中学生の頃に一緒に住んでいたシェルティーが亡くなったとき、動物病院に遺体を引き取りに行かされる

高校の入学式に参加できなかったこと(ブラを着けていなかった)

高校1年生のときの同級生の証言「横山さんが、お母さんに車で追いかけられていた。泣きながら逃げていた。怖くて声を掛けられなかった」

高校2年生のとき、私が母親から受けている虐待を見かねて、同級生の両親に一時保護してもらう。

高校3年生のとき、将来の相談をしたら母親に「勝手にすればいい」と無視される。

高校卒業後、通勤に必要な原付バイクの購入費を消費者金融から借りたことで、母親に首を絞められて責められる。

2018年5月28日 加筆訂正(未完成 執筆中)