なかったことにされる苦痛

PTSDとは、そもそも「過ぎてしまったことだから、忘れてしまえ」ができないことで発症する心的外傷です。

そして、時間と共に風化するどころか、そのトラウマ体験を何度も思い出すことで、悪化する性質があります。

ですので、「それは、あなたにも原因があるんじゃない?」「相手にも事情があったんじゃない?」という言葉で、症状が悪化します。

しかし、それ以上に苦痛なのは、「そんなことはなかった」というように、関係者に「なかったこと」されることです。

足を骨折しているから普通に歩けないのと同じで、心的外傷を負っている場合、普通の生活はできません。

それを「なかったこと」にされてしまうと、「骨折をしているのに、治療をしないで普通の生活を送る」というくらい苦痛な行動を強いられてしまいます。

PTSDを抱えている人は、社会生活をしていくために、日々そのような苦痛を強いられます。

「あったこと」として受け止めて、その心の傷を治療してくれるのは、まずは信頼できる人と専門医です。

最終的には、トラウマ体験によって捻じ曲げられてしまった「考え方」を自分自身で元に戻すことですが、一人では不可能です。

心の傷、考え方、は目には見えないものです。

心の眼でトラウマ体験を正面から見つめることは、本人にとっては大変な苦痛を伴うことですが、そうすることでしか治癒する方法はありません。

過去の体験はかならず人生の糧になると私は思っています。過去の辛い体験を、忘れたり、すり替えたり、なかったことにするのは、PTSDを抱えていない人にとっても、人間としての成長を拒むことになり、良いことではないと私は考えています。

2018年3月17日 追記(未完成 執筆中)