日本中国伝統功夫研究会

分離不安障害の症状

 2004年12月上旬。

 北京へ渡ってから3か月が経ち、留学生活に少し慣れてきた頃、とあるきっかけから長期宿泊していた旅館で、1週間ほど引きこもり状態になってしまいました。

 原因は、友達になってくれた中国人の小銭(シィアオ チィエン)(北京・志強武館の敷地内にある按摩学校の生徒)が、

「幼馴染の結婚式があるから、しばらく地方へ行ってくるね」

とだけ簡単に言い残して、突然いなくなってしまったことがきっかけでした。

 当時の連絡手段は、PHS電話だったのですが、地方へ出てしまうと電波が届かないのでPHS電話は使えなくなっていました。

 行く先も、いつ戻るかも、何も言い残さないで地方へ行ってしてしまったシィアオ チィエンの行動が、私はまったく理解できず、いなくなってから2日もすると、無気力状態になり、何もできなくなってしまいました。

 徒歩30秒の場所にある『北京・志強武館』に行くこともできず、食事を摂るための外出もできず、ずっと旅館のベッドの上でグッタリと横になって、一日に数回はメソメソと泣いて過ごしました。

 当時は、それが分離不安障害だとは知りませんでした。知っていれば、対処できたかもしれませんが、そういう状態になるのは「自分の心が弱いからだ」と思っていたので、自分を責めていました。

 分離不安は児童にみられる一般的な兆候で、成長と共になくなっていくそうですが、愛情と保護を受けられない状態が長期間続いた場合、大人になっても継続してしまい、分離不安障害となってしまうそうです。

 友人が去ってしまい、いつ戻ってくるのかも分からない喪失感から、激しい不安と苦痛が1週間ほど続きましたが、その日、突然PHS電話が鳴り、友人から「北京に戻ったよ!」という連絡がありました。

 島国の日本人からすると、連絡が取れない状態で、1週間近く遠方に出かけることは(たぶん)海外旅行と同じことのように感じるのですが、大陸の中国人からすると「ちょっとそこまで出かけてくる」程度の感覚らしいのです。

 友人が戻って来た連絡を受けて、やっと起き上がれるようになった私は、久しぶりに『北京・志強武館』に向かいました。

 憔悴し切った私の姿を見た友人は、

「你怎么搞的! 怎么这个样子、我走的时候不是好好儿的吗!」
(どうしたのその姿! 僕が出かける時はあんなに元気だったのに!)

 と言うと、私の肩をつかみ、食堂へ連れて行き、呆然としている私に、春雨の入った白菜と豆腐の鍋料理を注文してくれました。

 おとなしく食べている私を見つめていた友人は、静かに私に言いました、

「我不知道你以前在日本过的是什么日子。可是你要想开一点吧」
(君が日本でどんな生活を送ってきたか知らないけれど、もう、吹っ切ってしまおうよ)

 思いがけず心の奥に触れられた気がして胸が熱くなった私は、鍋料理の湯気と涙で「ウァウァ」という声を漏らして、みっともない顔になり、それを見た友人は、

「泣かないで、泣かないで!」

と慌てて、大人が泣く子をあやすような面白い表情をして、私を笑わせようとしてくれました。

 それから長い時間、その食堂で友人は、自分の子供時代の話を聞かせてくれました。

 子供の頃、夏は実家のスイカ畑の見張りを毎晩番犬と一緒にしていたこと。ある日にスイカ泥棒を見つけて追い払ったこと。小さな見張り小屋で蚊に刺されながら犬と一緒に月を眺めながら寝たこと。秋には毎日畑で出来たトウモロコシを食べたこと。そういう話をたくさんしてくれました。

 私は中国語があまり分からなかったので、友人は身振り手振りに、表情まで加えて、私が理解できるまで丁寧に、何度も何度も笑顔を絶やさず話しかけてくれました。

 そして翌日は、朝から『北京・志強武館』に小籠包を大量に持ってきて、私に無理やり食べさせると「動物園に行こう!」と行って仲間数人と北京動物園へ連れて行ってくれました。

 まだ分離不安障害の症状から完全回復していなかった私は、動物園に行くまでのバスの中で酔ってしまいました。

 また、動物園の檻の中の動物達も、私の目には大半はノイローゼ状態に見えて、せっかくの友人の好意で誘ってくれた北京動物園観光も、ほとんど楽しめなかったのですが、途中で白い孔雀を見かけたとき、その姿があまりに美しかったので、足を止めて見とれてしまいました。

 真っ白で神々しい白孔雀を見ていると、だんだん心が晴れやかになったので、いつまでも飽きずに見ていると、

「写真を撮ってあげるから、そろそろ次へ行こうよ」

と、友人にせかされて記念写真を1枚撮りました。

北京動物園の白い孔雀(横山春光の中国武術留学記)

 この日に見た白孔雀の美しさは、いまでも強く印象に残っています。

 帰りのバスの中で友人達は「きっと混元太極拳は、君の心と体を健康にしてくれるよ」と励ましてくれました。

 この後も、私は中国で何度も何度も、PTSDの症状が出たり、分離不安障害の症状が出たり、引きこもりになったり、鬱状態になったり、強迫観念症になったりして、すったもんだの日々を送りましたが、そんな状態でも、元気に太極拳を練習できるときは、深い喜びを感じました。

 湖のように静かで、風のように軽やかで、鞭のようにしなやかな動きを行えたときは、生きる喜びを全身で感じました。

 両親に愛される時期を得られなかった私が、唯一何かに包まれている実感を得らえる時間が、混元太極拳を練習しているときでした。

 つづく

中国武術留学記

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你好,北京!

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