日本中国伝統功夫研究会

北京市内で賃貸アパート探し

 2004年12月下旬。

 私は、友人の小銭(シィアオ チィエン)と一緒に、北京市内で賃貸アパート探しを始めました。

 小銭(シィアオ チィエン)は、前日交わした約束通り、早朝から旅館に宿泊している私を呼びに来ました。

 そして「美味しい朝食の店」に行き、私は覚えたての中国語で「老板,来两碗豆浆!」と言って、2人分の豆乳をオーダーしました。

 それから小銭(シィアオ チィエン)は、私の好物であった茴香(ウイキョウ)包子と、油条(揚げパン)を追加でオーダーして、2人でお腹いっぱい朝食を食べました。

 私が望んだ賃貸アパートの場所は、『北京・志強武館』と、陳項老師(馮志強老師の得意弟子)のご自宅の、中間地点でした。

 当時は、既に『北京・志強武館』で授業を受けることは少なくなっていて、毎週末に陳項(チェン シィアン)老師のご自宅近くの公園で、混元太極拳を学ぶことが主軸となっていました。

 中間地点に賃貸アパートを借りれば、どちらの練習にも通いやすいことと、北京中心部にある『北京・志強武館』から少しでも離れれば、家賃が下がる両方のメリットがありました。

 北京を訪れてからずっと、太極拳と按摩を学んでいる人としか接したことがなかった私にとって、このアパート探しの一連の流れで出会った、仲介業者の人や、大家さんや、引越し業者の方々との交流は、とても新鮮なものでした。

 賃貸物件の仲介業者の人は、名前は忘れてしまいましたが(というより聞き取れませんでした)、東北地方の出身で、黒いスーツに身を包んだ、よく体を揺すり地団太を踏む人でした。

 この仲介業者の人と、小銭(シィアオ チィエン)と一緒に、色々な物件を見て回りました。

 アパートの大家さんは、イスラム教徒の人や、資産家の人や、学校の先生や、老北京人(日本で言う生粋の江戸っ子のような人)など、様々な方々がいました。

 私は、武館の外の世界をほとんど知らなかったので、大家さんたちの言葉があまり聞き取れませんでした。

 でも、はっきりと伝わってきたのは、中国には深い「人情」がある、ということでした。

 その話し方や表情や身振りは温かく、バラエティに富んで、見ているだけでとても楽しい気分になりました。

 私はふと、陳項老師や仲間が公園で話していた「皮毛都学不到」という言葉を思い出しました。

 「中国人を理解しようとせず、太極拳の套路(型)だけを学ぼうと考える外国人は、太極拳について、例えるなら腕の皮一枚、いや、腕の毛一本ほども学ぶことはできないだろう」

 度々、そういう言葉を耳にしていました。

 私は当時、この言葉に「疎外感」のようなものを感じて、心の中で反発していました。

 「太極拳は世界の財産で、人類に幸福をもたらすって聞いているのに その境地に至るために、どうしてわざわざ『中国人』を学ばないといけないのだろう? どうして陳項老師はそんなに強く断言するのだろう?」

 まだ中国伝統武術について無知だった私は、そう思っていました。

 日本には詳しく解説された太極拳論の本がたくさんありました。子供の頃から読書や哲学が好きだった私は、浅はかにも日本でそれなりに太極理論を頭に詰め込んできた、と思っていたのです。

 現代の中国人の考え方や生活習慣を学ぶことが、そんなに太極拳学習に必要不可欠なことだとは、そのときはどうしても理解できませんでした。

 しかし、実際に北京の街へ出て、古い歴史の面影を残す街並みや、中国人の色々な生活様式を見ていると、改めて自分が間違っていると認識できました。

 私は、カチカチの頭で、自分の国がどういう国なのかもちゃんと理解していないくせに、ただの思い込みで、深遠な太極拳の真髄を、自分勝手に解釈しようとしていることに気づいたのです。

 一日中歩き廻って、足が棒のようになって、夕日が斜めに古い建物の柱を紅く染めるのを見つめながら、友人が買ってくれた「肉餅」を食べているとき、はじめて、ふっと、心が開いたような気がしました。

 そして、「文化は人の心で受け継いでいく」という思いが浮かんできました。

 「どれくらい中国に滞在できるか分からないけど、どれくらい学べるか分からないけど、体と心と、自分全部で、今の中国を感じてみよう! 太極拳の解説書を読むだけではダメだ、今生きている中国人から、たくさんのことを学べるはずだ!」

 私は、心の中で強くそう思いました。

 そして数日後、小銭(シィアオ チィエン)は、私が望んでいた場所に、まだ工事が全部済んでいない新築のマンションを、格安で借りられるように手続きをしてくれました。

 仲介業者の人が、「日中の工事の騒音さえ我慢すれば、完成までは家賃の全額を払わなくていい」と言っていたそうです。

 私は、そこに移動することに決めました。

 もちろん、私はまだ、日本の修行道場から「短期・派遣学習生」として中国に来ている立場だったので、日本の修行道場に国際電話を掛けて、このことを伝えました。

 国際電話を掛けるときは、小銭(シィアオ チィエン)に隣にいてもらいました。

 よく事情は分かりませんでしたが、日本の修行道場側は、私を「短期・派遣学習生」から「長期・派遣学習生」に変更する方針になっていました。

 きっとまた、私の知らないストーリーになっているに違いない、と不安になりましたが、私は太極拳を学ぶ直前まで、3か月更新の派遣社員として働いていたので、派遣という不安定な状況には慣れていました。

 派遣社員の目的は、スキルアップすること。

 それだけは、経験から理解していました。

 「お互い、逆境を乗り越えて、夢をかなえよう」と約束した小銭(シィアオ チィエン)は、既に按摩学校で按摩師の資格を取得して、自由の身になっていましたが、私の自由獲得のサポートのために、当初の就職先を変更して、北京に残ってくれました。

-後日談-
 中国の国民性の一つに「情に厚い」という特徴があります。一度友人になったら、自分が苦労してでも友人を助けてくれます。これは中国各地、どこに行ってもそうでした。

 つづく

中国武術留学記

中国へ渡ることになった経緯

你好,北京!

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