日本中国伝統功夫研究会

シックハウス症候群になる

 ビザの更新のために、一時帰国を控えた2004年12月下旬。

 やっと北京の朝陽区に賃貸アパートを借りた私は、しかし、その部屋のあまりの不快さに毎日辟易していました。

 当時北京では、大きな集合住宅の建物の工事が全て完成していなくても、既に完成した部屋から順番に「完成までのタイムセール」みたいな感じで、部屋を格安で借りることができました。

 最初に仲介業者の人に説明された「日中の工事の騒音さえ我慢すれば、完成までは家賃の全額を払わなくていい」という条件に関しては、ちゃんと承知していた(つもりだった)のですが、しかし、まさか朝の9時から、

「ガリガリガリガリガリッ!! ドドドドドドドドッ!!」

と、部屋の四方八方から、振動を伴う爆音が鳴り響くとは想像していませんでした。

「ああ、こんな状態だから、家賃が安く借りられたんだなぁ…、でも、これを我慢すれば中国に長く滞在できて、帰国したあとの身の振り方を考える時間を作ることができる。背に腹は代えられない…」

と思い直した私は、騒音が凄まじい時間帯は外出することにして、なんとか我慢することにしました。

 しかし、水道水の異臭には参りました。

 どこかにある貯水タンクから、大きな建物に張り巡らされた「新しい水道管」を、長らく旅しながら私の部屋の水道の蛇口へと流れ着いた水は、『原因と結果』という大自然の摂理を寸分の狂いもなく、私に思い知らせるかのように、たっぷりとプラスチック(のような化学物臭)とゴムの臭いを含んでおり、その水は飲料水にはできないのは勿論のこと、顔を洗うときや、シャワーを使うときは、「苦痛」以外の何物でもありませんでした。

 壁の塗料も何かの成分を発しているらしく、長時間部屋にいると頭痛がしました。

 12月の北京はとても寒いので、窓なんか開けたくないのに、頭痛に堪り兼ねて仕方なく窓を開けると、今度は車の排気ガスが部屋の中に流れ込んできます。

 部屋の中も異臭。

 部屋の外も異臭。

 『北京・志強武館』の中も異臭…

 陳項老師のご自宅の近くの公園内も異臭…

 どこもかしこも異臭…

「ああ、もう発狂してしまうかもしれない、発狂したら太極拳の練習ができないなぁ、困るなぁ、どうしよう…」

 困り果てた私は、友人の小銭(シィアオ チィエン)を呼んで、なんとか部屋の中の空気を改善できないものかと相談しました。

 中国人の小銭(シィアオ チィエン)の感覚では「清潔で綺麗な部屋」だと言うのですが、実際に私がシックハウス症候群の症状(頭痛、皮膚のかゆみ、鼻の奥の痛み、動悸)が出ているのを見た小銭(シィアオ チィエン)は、

「日本は中国よりも環境が良いし、メイダイヅ(私の中国名)は日本人だから、辛いんだろう」

と言って、近くにあった大型スーパーの『京客隆』に行って、モップとバケツを買うことにしました。

 小銭(シィアオ チィエン)も、私も、「水拭き」以外の方法は思いつかなかったので、2人で部屋の壁や天井を、とにかくモップでゴシゴシ水拭きしました。

 しかし、そもそも「水拭き」をするのに必要な「水道の水」自体に化学物質臭がするので、矛盾を感じた私は、小銭(シィアオ チィエン)に向かって、

「水有問題,这样做,有效果吗?」
(水に問題あるのに、この行為って、無意味じゃない?」

と呟いたのですが、小銭(シィアオ チィエン)は、

「僕、見てみたんだけどさ、この建物に人が住んでるのは、まだこの部屋だけなんだよ。人が増えれば、水もたくさん流れるだろうから、そのうち臭いもなくなるよ。とにかく今は、水で拭くしかない」

と、私が理解できる中国語の単語と、身振り手振りで説明するだけでした。

 私が、「じゃあ、水の臭いがしなくなるまで、この部屋で水を出しっぱなしにしておこう!」と片言の中国語でお願いしても、小銭(シィアオ チィエン)は「水道代が勿体ないよ!」と言って賛成してくれません。

 この日の出来事は、慣れない中国語と、異臭によるシックハウス症候群で意識が朦朧としていたので、この事態がどう解決したのか憶えていません。

 憶えてはいませんが、たぶん一生懸命に解決してくれようとした、友人の小銭(シィアオ チィエン)に対する感謝との気持ちと、あとは環境に慣れたのだと思います。

 -後日談-
 この部屋には、2005年5月までの約半年の間、住み続けました。

 小銭(シィアオ チィエン)の言った通り、ぼちぼち人が住み始めるようになり、水の異臭は1~2か月ほどでなくなりました。

 そして、噴水のある中庭を囲んだ建物は、どんどん豪華になっていき、私が北京を去って河南省に行くことになる頃には、家賃が倍に上がることになっていました。

 今にして思えば、あの日の「シックハウス症候群で大騒ぎ事件」は、懐かしい思い出の一つです。

 つづく

中国武術留学記

中国へ渡ることになった経緯

你好,北京!

一度目の帰国

再び北京へ

教室のご案内

定期教室、イベント等で普及活動を行っています

学習用資料

中国伝統武術を学ぶための資料集

横山春光「手記」

会長 横山春光が等身大で綴るブログ

田中稜月「Social-Survivor」

代表 田中稜月が運営するブログ

ページのトップへ戻る