日本中国伝統功夫研究会

北京で『Gonna Fly Now』

 2005年2月19日。

 ビザの更新のための一時帰国から北京に戻った翌朝。

 私は前夜に空腹で寝たにも拘らず、飛行機に乗った疲れもあってか熟睡して目を覚ましました。

 そして、目が覚めてから、何と表現したら良いのか言葉が見つからないような「中国大陸のパワー」を感じました。

 カーテンを開けると、一時帰国する前に、窓に張っていた窗花(チュアン ホゥア)がまだ新しいままで、美しい中国古典図案が朝陽を切り抜いて、私の顔に影を落としました。

窗花(チュアン ホゥア)(横山春光の中国武術留学記)

 窓から外を見ると昨夜の強風は嘘のように穏やかで、賃貸アパートの窓から見える、小さな食堂が立ち並ぶ通りでは、すでにたくさんの人々が仕事を始めていました。

 周りの建物のあちらこちらの門口(メンコウ、中国語で入り口の意味)の脇では、店員さんが『油条』(中国の揚げパン)を揚げる様子や、『馄饨』(ワンタン)を茹でる鍋から白い湯気が立ち上っている様子が見えました。

 それを見た私は急に昨夜の空腹を思い出しました。

 「不行! 我必須得吃那个馄饨!」
 (こうしちゃいられない! あのワンタンを食べに行かなきゃ!)

という衝動に駆られた私は、昨夜からベッドの横に開いたまま置きっぱなしにしていたスーツケースの中から衣類を引きずり出し、ズボンを2枚穿き、セーターを着込み、一番厚い上着を着込むと、階段を駆け下り、部屋の窓から見えた「ワンタンを茹でているお店」を目がけて、アパートの外へ飛び出しました。

 外は痺れるほど寒かったのですが、空腹とワンタンを茹でる鍋の湯気の魅力のせいか、あまり気にならず、ズンズンと歩いて食堂へたど着きました。

 「老板! 来一碗馄饨!」
 (店長! ワンタンを1つ下さい!)

 と大きな声で注文し、薄暗い店内で空いている席を探し、油でベッタリしたテーブルと椅子に座りました。

 あっという間に私の頼んだ馄饨(ワンタン)は出来上がり、店員さんに運ばれて目の前に置かれた瞬間、その馄饨の半透明の美しい姿に、思わず手を合わせて拝みたくなりました。

 しかしそんな仕草をしたら日本人だとバレてしまうので、そう思っただけで実際に拝みはせず、右手に箸、左手にはレンゲを持ち、そーっとワンタンを食べ始めました。

 周囲の中国人の方々は、レンゲだけでワンタンを食べていましたが、熱々のスープに浸っているワンタンは非常に熱いので、箸で掴んでフーフーして食べないと、口を火傷してしまいそうでした。

 とても美味しいワンタンを平らげ、満足した私は店員さんに3元を払い、食堂の外に出ました。

 ……

 早朝の北京の灰色の空気を吸った瞬間、突然、『Gonna Fly Now』という曲の、トランペットの旋律が、私の頭の中を流れ始めました。

「パッ、パーパパ、パーパパ、パーパパパッ、パッ、パーパパ、パーパパ、パーパパパッ…」

 そうです、あの不朽の名作、シルベスター スタローンさん主演のボクシング映画、『ロッキー』の『Gonna Fly Now』(ロッキーのテーマ)が聞こえてきたのです(私の頭の中でですが)

 吐く息が白くなる早朝の街中で、ストイックにトレーニングする「ロッキー バルボア」が、オーバーラップしたのです。

 -余談-

 『ロッキー』(Rocky)は1976年のアメリカ映画で、私はこの年に生まれました。

 私がまだ小中学生だった頃、毎日夜は姉弟の2人だけだったので(父親は離婚、母親は夜の仕事で不在)、毎週土曜の夜は、弟と一緒に『8時だョ!全員集合』を観た後に、『土曜洋画劇場』を観るのが楽しみで、何度も『ロッキー』の再放送を観ました。

 ジャッキー チェン(中国名は「成龍」)さんの映画も、たくさん再放送されていて、弟が好きだったので一緒に観ていましたが、私にはロッキーの方が印象的でした。

 ロッキーとエイドリアンの初デートのスケートリンクでのシーンは、私はまだ子供でしたが「胸がキュンキュン」しました。無口なエイドリアンに、一方的に話し掛けているロッキーが好きで「大人になったら、ああいう恋がしたい」と早熟にも思ったものでした。たぶん、誰も私のことを構ってくれる大人が側にいなかった影響だと思います。

 そして、映画評論家の淀川長治さんの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の語り口調が、とても印象的でした。

 -余談はここまで-

 なぜだか、ロッキーがオーバーラップして、突然走り出したくなった私は、大通りを目指して小走りに走り始めました。

 しかし、大通りに出ると排気ガスが酷かったので、賃貸アパートの庭へ向かって方向転換し、まだ何も手のつけられていない廃墟のような(団地のような構造でした)の庭園内を走りました。

 大きな庭の中には、まだ水の張っていない空池や、その空池をとりまくウォーキングコースがあり、そしてまだ芝生の植えられていないスペースには資材が積み上げられていた、庭園内は土埃が立っていました。

 私は当然ですが、ロッキーのように格好良い姿では走れず、足を引きずるようなランニングフォームでしたが、頭の中では『ロッキーのテーマ』が鳴り続け、なぜか感極まって涙が出てきた私は、映画でロッキーが「フィラデルフィア美術館前庭」の階段を駆け上がった後に、ガッツポーズするくらいまで、走り続けようと思いました。

 しかし、ワンタンを食べた直後に走ってしまったので、ダッシュする前に横腹が痛くなり、「あいたたたっ」と胃腸にダメージを受けて、大した距離も走れずに、すごすごと部屋に戻りました。

 ベッドに暫く横になっているとお腹の痛みが引いたので、『北京・志強武館』の陳項(チェン シィァン)老師に電話を掛け、昨夜北京に戻ったことを報告しました。

 電話の向こう側で、陳項(チェン シィァン)老師は、

 「現在公園里太冷、你可以去武館練拳」
 (今、公園内はとても寒いから、武館に行って練習しなさい)

と指示してくださいました(かろうじてそれだけ聞き取れました)

 私は、陳項老師にお礼を言って電話を切ると、午後は『北京・志強武館』に行くことにしました。

(春まで公園で練習できないんだなぁ…)

と、少し残念に思ったのですが、武館内は暖かいだろうし、大きな鏡もあるので、それはそれでいい練習になるかもしれないと気を取り直し、いつでも混み合っている市内バスに乗って武館へ向かいました。

 『北京・志強武館』の門をくぐると、旧正月が明けたばかりだったせいか、いつも賑やかな庭内はひっそりと静まり返っていていました。

 もしかして誰もいないんじゃないかと不安になった私は、急ぎ足で事務所へ向かいドアを叩くと、中から「請進!」(お入り下さい!)という声が聞こえたので、ホッとしました。

「自主練習にきました」

と、事務員さんに告げると、

「今日は武館には誰も来ないから一人で練習しなさい」

と言うので、

「わかりました、ありがとうございます」

と言って事務所のドアを閉めようとすると、

「あああ! 一人だから暖房は点けちゃダメよ!」

という声が聞こえてきました。

(それはそうだよなぁ、武館は広いし、私一人だけのために、暖房をフル稼動させたら電気の無駄遣いだもんなぁ)

と納得した私は、武館のドアを開けて一礼をし、入室すると、中は「冷凍庫」のように冷えきっていました。

 寒さに凍えながら準備運動を行ってみたのですが、一向に関節は緩みません。

 仕方ないので混元太極拳の套路を行ったのですが、当時まだ虚弱だった私は、動けば動くほど身体が冷えてきて、手がかじかんで手首まで凍りついて動かせなくなってきたので、耐えられなくなり、動くのをやめて「どうしたらいいか」危うく冬眠しそうな頭で、一生懸命考えました。

 「そうだ! 走れば温かくなるかも!」

 と思いついた私は、またロッキーのテーマ『Gonna Fly Now』を頭で鳴らし、誰もいない広い武館の中をグルグル走りました。

 10週も走ると何とか寒さで麻痺した身体の感覚が戻り、15週走ると、手首も温まってスムーズに動かせるようになってきました。

「この隙に!」

とばかりに、混元太極拳の練習を始めたのですが、やっぱり套路を2回も通すと身体が冷えてきます。

 冷えたら走る、温まったら太極拳を練習する、そして冷えたらまた走る、といった具合で練習をしていたのですが、走った直後に太極拳を行うので、始終心臓がバクバクしたままでした。

 心拍数が通常に戻ると体も冷えます。

「この方法は、間違っているのではないだろうか?」

と思ったのですが、それ以外には解決策が思いつかないので、ひたすら走る→太極拳→走る→太極拳、を続けました。

 午後5時近くなり、私に閉館の知らせを告げるために、やってきた来た事務員の女性の方は、そんなことをしている私の姿を見ると、

「あなた何やってるの! 何でそんなに走ってるの!」

と驚いた様子で話しかけてきたので、私は

「太極拳の練習だけでは、寒くて体が冷えるんです」

と伝えると、事務員の女性は、私が着ている服の上から私の腕を摘み、

「保暖の下着を着てないでしょ、だから寒いのよ、そこら辺のスーパーでも売ってるから、今日帰りに買って帰りなさい」

と、私が理解できる中国語で教えてくれました。

 この時、私は初めて「保暖内衣」(バオ ヌゥアン ネイ イー)という、中国北部の冬の必需品の存在を知ったのです。

 一通りの手順を踏んだと思った私は、協力者となってくれた中国人の友人の小銭(シィアオ チィエン)に電話を掛けました。

 つづく

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