日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

程派八卦掌第四代継承者 麻林城(まりんじょう)老師 メディアでの紹介

鄭州晩報(2006年10月17日)

「鄭州晩報」麻林城(まりんじょう)老師

河南省鄭州市 第二回世界伝統武術節
八卦継承者の大刀の技に観客席が沸く

 昨日、刃渡り四尺、重さ2.5キロ、長い柄、分厚い刀背の大刀を持つ一人の男が男子刀術部門に登場すると、現場の観衆は割れるような拍手で応えた。

 小柄な体格で一見目立たない風貌のその人物は、試合会場の中心に向かって静かに歩いて行く、精神を集中して息を吸うと、その大刀を振りおろした、その八卦刀は彼の身体の一部となって行雲また流水の如く舞う、一目見るだけで名家とわかる。

 試合の得点は8.93、この大会の刀術部門において滅多に出る事のない高得点である。

 記者はさっそくこの人物が一体誰であるか取材を試みた。そして彼こそが八卦掌第五代正統継承者である麻林城老師であることがわかった。

 麻林城老師は中国武術協会員であり、中国の武術界において大きな影響力を持つ人物である。麻林城老師は試合に集中していたが、高得点に対する反応は冷静だった。記者が彼に「“8.93”は刀術部門において最高得点ではないですか?」と問うと、「そうですか?私には特に関心の無いことです、ただ武術を通して同じ道を歩む仲間と切磋琢磨してゆきたいと願うだけです(以武会友)」と静かに答えた。

中国の武術雑誌『少林与太極』 2005年第1期(総第160期)より

「鄭州晩報」麻林城(まりんじょう)老師

八卦掌 正統継承者 麻林城拳師取材記録

 麻林城、1962年河南省項城市賈嶺鎮に生まれる。幼少より武術を修め、15歳で少林拳士の張振業に師事、八卦拳と鉄布衫の功夫を学ぶ。その後、八卦掌の継承者である許立坊に師事し、二十数年にわたり国内及び国外各種の武術試合に出場し、八卦掌と八卦器械の部門において十数回の優勝を修める。

 中華伝統の武術を発揚するため、筆者は敬慕の念を抱き麻林城拳士と対談した。

記者:
 麻林城老師、幼い時の武術の経歴を話して頂けますか?

麻林城老師:
 私の郷里である項城市賈嶺鎮は有名な武術の故郷で、その影響を受け幼少より武術を学び、私は武術を愛し夢中になりました。そして15歳の時、恩師の張振業師に師事して少林八卦拳と鉄布衫を学びました。私が師に弟子入りした時面白い話があります、当時私は幼く、張老師は既に2年以上武術を鍛練している同門の弟子達と私を比べて、差が大きすぎて私がついてゆけないことを心配しました。私は張老師に「兄弟子が学び終えた套路は、私もすでに習得しています」と伝えると、張老師はすぐには信じず、私にその場で練習してみるように、と言いました。張老師は私の練習を見終わると非常に喜んで下さり、すぐに私を弟子とする事を認めてくれました。

記者:
 麻林城老師、かつて少年時代にどのような武術の試合に出場したか話して頂けますか?

麻林城老師:
 当時私が学んでいたのは伝統武術で、国家の規定套路ではなかった為、試合に出場した経験はとても少なく、唯一安徽省淮店地区で開かれた武術試合に出場したことがあり、拳術一等賞、刀術の二等賞を得ました。

記者:
 麻林城老師、あなたの教練としての経歴を話して頂けますか?

麻林城老師:
 1982年に安徽省阜陽市の少林拳法武術館の館長及び主教練を務め、その後1984年に河南省羅山の少林武術館の館長を務め、その後安徽省阜陽市臨泉県と郷里で武術を教えていました。

記者:
 麻林城老師、あなたはどのようにして許立坊老師に出会い、そして彼に師事したのですか?

麻林城老師:
 1993年、私は北京市内の地壇公園で許立坊老師に出会いました。その時、私は許立坊老師が程派八卦掌創始者である程廷華の息子、程有信の正統な弟子だという事を知りませんでした。当時私は若く血気盛んだった為、温厚そうな許立坊老師の容貌を見ると是非一手交えてみたいと思いました。私の申し出を許立坊老師もすぐに承諾してくれ、さっそく許老師と一手交えた瞬間、私は初めて本当に「天外有天、人外有人」つまり上には上があり、自分の知らない高い境地がまだある事を知りました、私がどのような攻撃を出しても、ただ逆に打たれるだけなのです。私は心の中で十数年懸命に鍛えてきた功夫がまったく使えないと感じ焦りました。しかしそう思う一方で、今日このような高い功夫を持つ武術家に出会えた事は、素晴らしい喜びに値する事だとも思いました。  そこで私は彼に師事にする事を決心しました。しかし当初許立坊老師は、私を弟子にする事をすぐには認めて下さいませんでした。私は諦めずに毎日早朝に公園に行き老師を待ちました、その様子を見た許老師の周囲の人が取りなしてくれ、最後には何とか弟子にする事を承諾して頂けました。  弟子入りした私は、まず初めに推碑椿を学びました。推碑椿は八卦掌の最も基本的な功法で、最も味気ない鍛練方法です。  推碑椿を学んでいた当時、私は毎朝四時には公園に向かい練習を開始していました。30分ほどの推碑椿を何回かに分けて練功していると、全身の筋肉や関節がだるくて痛くて仕方がありませんでした。「もうこんなつらい事はやめてしまおう」と何度も思いましたが、良き師を探すことの難しさや苦労を考えると、やはり歯を食いしばってこの練功に耐えようと思い直しました。  ある時、私はいつものように早朝四時から推碑椿を始めると、しだいに心が静の状態へと入っていきました。推碑椿を終え収功をしながら、ふと公園で共に練功していた仲間に「朝食は食べたか?」と声を掛けると、彼は笑いながら「もうすぐ昼飯の時間だぞ」と言いました。その時、私はやっと椿功の精妙さを知ったのです。  それから私は更に必死に鍛練し、朝の練功が終わってから食事と睡眠をとるという日々を送り、時には歩きながらも頭の中で拳理や拳法を考え続けました。許立坊老師も、私のその姿を見ながら心の中で喜んでくれ、自ら一生かけて学んできた武功の全てを私に授けてくれました。

記者:
 麻林城老師、八卦掌を広めるためにどのような社会活動に参加してこられたのですか?

麻林城老師:
 2003年3月、私は中国中央テレビ局《天涯共此時》という番組の中で、特別テーマ番組『八卦掌』に出演しました。また同年の10月2日に中国政府の関連部門の招請に応じ、《中国伝統文化―武術》という一連の特別テーマ番組『八卦掌』の製作に係りました。また昨年6月、人民体育音像出版社と広州佳人の共同制作による《程式八卦掌シリーズ》VCDに出演しました。

記者:
 麻林城老師、私達の談話が終わる前に、多くの八卦掌愛好者に向けて練功の心構えを話して頂けますか?

麻林城老師:
 八卦掌を習得する為には、必ず着実な基礎的訓練法と掌法に基づき懸命に鍛練に取り組まなければなりません。内功を修練することを重視し、まず徳学から学び、中庸の道を求め、成功を急がないようにしなければなりません。武術を修練する者は必ず古学に従って、くれぐれも外形の美しさだけの動きに流されないようにしてください。

 私と麻林城老師の談話はこうして終了した。麻林城老師は武術界において輝かしい成績を修めている武術家であるが、その立ち居振舞いは終始謙虚で慎み深く、恩師を話題にする時、彼はいつも深い尊敬の心を表し、語られる恩師との情景は聞き手に感動を与えた。  長い年月をかけ師を求め、武学という道を歩み続け、苦しい試練と鍛練の日々を送り、今日に至り八卦掌正統継承者となった麻林城老師の深い人格に私は深く魅了された。

 最後に、心からこの中国伝統武術八卦掌が世界に向けて一層の光彩を放つことを祈っています。

英国 《金融時報》(2008年8月19日)

中国武術オリンピック正式種目への旅

 アニメーションの中のパンダさえ功夫の修行を始めるこの時代。――しかし中国の歴史が誇る武術の大家達でさえ攻められないある場所があります、それがオリンピックです。

 最近ハリウッドのアニメーション《カンフー・パンダ》(Kung Fu Panda)が世界中でヒットしましたが、中国政府は中国武術の世界最大のスポーツの盛会(オリンピック)正式種目加入への、長年に及ぶ各国を訪問しての働きかけにも関わらず、その進展は依然として思わしくありません。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、今月オリンピックが開催されるのと同時に中国武術の試合を行うことに賛成しましたが、しかし明確に、これは『テコンドー』や『柔道』のオリンピック入りを前提とした活動とは完全に異なっていると表明しています。また国際オリンピック委員会の高級委員は、中国武術の試合に参加する選手はオリンピック選手村(Olympic Athlete's Village)に住む事はできないと表しています。

 中国武術協会(Chinese Wushu Association)の主席の王筱麟は「武術がオリンピックの正式のプロジェクトになるのは確かに困難です」また、原因の一つに「国際オリンピック委員会は縮小を望んでおり試合の規模を拡大するつもりがない為だ」と表明しています。

 進展の望みが薄いことは中国の官吏に対して一種の打撃です。彼らはこれまで、中国武術は主に西洋の特色の強いオリンピックに対し、中国の独特な趣を加える可能性があるかもしれないと考えており、またオリンピックの正式種目になれば中国武術の国際知名度を高める事ができ、育成訓練と施設に新しい資金源を得られる事もできる考えていました。

 しかし、中国武術のオリンピックへの加入活動は、同じく中国武術関連の将来へのいくつかの緊迫する問題を緩和しました。

 中国武術には素手で格闘するもの、また戦斧や双節棒など各種の武器を使用するものまで、数百種類の流派があります。

 正式の中国武術の試合は套路の表演と実戦試合を含み、全てにわたり長期的に訓練する方法があり、しかしまた多くの中国武術の大家は、現代の標準的技術と試合の結果のみに関心を持つ事は中国武術の多様性を損ない、またその奥にある哲学を深める事ができなくなるのでは、と心配しています。

 八卦掌の大家・麻林城老師は、試合は真の功夫の根底にある無形のものを評価する事ができない、その上大きな武術団体は長年培われてきた“師弟”関係を基礎とした伝承方法をやめ、“教師と学生”の関係をとり中国武術の伝承をするように要求しているので、練功者に表面的な動作のレベルからそれ以上高める事ができない状況を招いている、と考えています。

 ちょうど自宅付近の公園から朝の錬功を終え、朝食の餃子を目の前にした麻林城老師は、「本当の伝統武術とは、一人の老師が一生の力を注いでわずか数人に伝授するもの」と語りました。また「学びとは、ただドレミを学ぶのと、一曲を通しその楽譜にかかれた音楽を奏でられるようになるのとは、非常に大きな差がある」と語りました。

 もしかするとオリンピックで頭角を現すような選手は、麻林城老師の観点に共鳴する事はできないかもしれません。しかし麻林城老師は、「互いに学び合う事が試合の主な目的になるべきで、功夫の訓練は道徳、中医学、仏教などの古文の内容を含んで学ぶべきだ」と語りました。

 さらに麻林城老師は、「練功者は功夫は元より実戦力も必要だが、力任せの格闘にならないようにするべきだ」と注意を促しました。

 しかし、麻林城老師は中国功夫は最後にはきっとオリンピック正式種目に加入できるだろう、「私達は決心と自信を持ち、一歩ずつ確実に歩みを進めていくだろう」と語っていました。

資料

当会会員用学習資料

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