日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

無形の境地に迷う

 陳項老師に『陳式心意混元太極拳48式』を学び始めてから、私は毎日迷走の日々を送っていました。

 「これは素晴らしい太極拳だ」と、ひしひしと感じるのですが、その型を超えた無形の境地は、まったくどこから手をつけていいのか解からないのです。

 陳項老師の行う柔らかく重厚な円運動は、どこからどこまで、といった型の区切りが無く、また動くスピードも陳項老師の内面の気の流れに沿って時には速く、時には穏やかに、そしてある時は深く深く丹田に入っていくので、どうやってそれを学んだら良いのか、当時の私には皆目検討もつきませんでした。

 後ろについて一緒に動けば初心者の私ですら、その深遠なる太極拳の喜びを僅かにですが感じる事ができます。しかし、それは心地よい水流に浮かび、流れのままに身を任せながら舞っている木の葉のようなもので、その流れが止まれば心地よい時間も終わってしまいます。

 「どうやったらあの心地よい気流を生み出せるのだろうか?」

 言葉も殆どわからず、ひたすら何回も何回も教えられた型を繰り返し練習する事しかできなかった私は、次第に最初のスランプ期へと入っていってしまいました。

「北京・志強武館」にて  例えば太極拳の基本歩法の「弓歩」「四六歩」「虚歩」ですが、陳式心意混元太極拳は内面の感覚を非常に重要視している為、外形への要求がそれほど厳格ではありません。陳項老師に質問をして歩法を修正して頂こうと思っても、ほんの少ししか手直しをして下さいません。手直しして頂いた後も、未熟な私にはそれがどうして正しいのか、体で感じる事ができません。納得のいかない顔をしていると「あとは自分の感覚で立ちなさい」と言われるのです。

 太極拳を始めるまで、殆ど運動というものをした事がなかった私にとって、「内面の感覚」というものがどんなものなのか、正直言ってまったく解からなかったのです。

 正確な外形が学びたい、そう強く思いました。つま先を外へ何度開くのか?腕をどの角度で上げるのか?どの動きが誤りで、どの動きが正しいのか?何も分からない初心者の私にはっきり指し示して欲しい!陳項老師に対して、大変失礼な事を考えているとは思いながらも、スランプの私は抑えきれずそう強く思ったのです。

 しかし武館に通っている多くの人達が、陳項老師につき太極拳を学んでいる私に「君が羨ましい」「私もチャンスがあれば是非とも陳項老師に学んでみたい」と入れ替わり立ち替り語りかけてくるのです。

 「一体私はどうすればいいのだろう?私は陳項老師につき学ぶ能力が無いのではないだろうか?」

 すっかりスランプ状態に陥ってしまい、「気」「内面の感覚」「丹田」といった目に見えないものを表現する言葉にすらアレルギーを感じ始めていた私に、ある日、その最高の境地を目の辺りにし、全ての迷いが吹っ切れる瞬間が訪れたのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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