日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

北京の大気汚染と胃痛

北京市  私が中国へ渡った2004年当時、北京オリンピックより4年遡る北京市の大気汚染は、日本人の私からすると凄まじいものでした。

 18歳で宮崎県の田舎から上京した頃、東京の空気ですら体が耐えられず、一ヶ月近くも喉が腫れて水を飲むのも辛かった程「超自然児」であった私は(生まれ育った場所は蛍の里と呼ばれる自然の美しい場所でした)、当時の北京市の大気は、果たしてここで生存していけるのか?という深刻な問題でした。

 渡中2ヶ月で手のひらの親指の下のふくらんでる所が青緑色になり、按摩学校の生徒に聞くと「肺」とか「胃腸」の調子が悪いのだろうと言われ、案の定、練習中に突然の胃痛に襲われる事がしばしば起こり始めました。

 胃痛は慣れない中華料理や留学ストレスによるものかもしれませんでしたが、とにかく朝から晩まで際限なく排気ガス臭のする空気を吸わなければならないのが非常に辛く、また相手が空気だけに室内外どこにも逃げる場所は無く、特に武館内で「降気洗臓功」を練習する時には心理的に耐えがたく、陳項老師に「老師!空気不好、対身体不好!」(老師!空気が悪いです、体に悪いです!)とたまらずヒステリーを起こしてしまうことも度々でした。

 お気に入りの白い上着は一日着ただけで灰色になり、鼻の中は真っ黒になり、毎日髪を洗わないと夜は髪に染み込んだ排気ガス臭で眠れなくなり、部屋の中にいても何処にいても常に排気ガスの恐怖に怯え、旅館の外の植え込みの薔薇が埃と排気ガスで灰色になっているのを見ると、驚愕で叫び出しそうになり、とにかく一口でもいいから清浄な空気が吸いたいと、朦朧とした意識の中で思い続けました。

 しかし、日本から来た太極拳学習訪中団の方達が「懐かしいわ、戦後の日本もこんな感じだったわ。」と言っていたのを思い出すと、いつも「私はここから逃げ出してはいけないのではないだろうか?」という自分でも良くわからない気持ちになるのです。

 なぜそう思うのか?それは、北京市の古い生活様式を残した裏通りで見かける人達が、とても楽しそうな笑顔で生活しているような気がしたからかもしれません。

 洗濯物を裏返しに干す主婦(表を向けて干すと埃で汚れる為)、日向ぼっこをしながらご近所の仲間達と編み物とお喋りに花を咲かせる女性達、古い木の椅子を何日も何日もかけて楽しそうに修理するお爺ちゃん、毎日ブルース・リーのような格好でサンドバッグを殴りながら、その合間に自転車修理の仕事をするお兄さん。みんなみんな、私の目にはとても活き活きと楽しそうに見えるのです。

 その様子を按摩学校の友達は「みんなね、生活を楽しんでいるんだよ、中国人はどんな逆境においても生活を楽しむことを忘れないんだ。」と言っていました。

 海外へ出ると、兎角日本は良かった日本は良かったと思いがちなのですが、しかし私は現代の日本の社会に適応できず生きる希望を失い、中国思想の結晶である太極拳に救われたのです。そう思うと空気が悪いからといって日本に逃げ帰るわけにはいかないのです。

 それはもう、どうしたって帰るわけにはいかないのです。

 たとえ中国で命尽き果てようとも、何があっても日本に帰るわけにはいかないのです。

 それは何故かっ! 何故中国でなければならないのかっ!

 それは「直感!」

 その直感が感じた物とは一体何なのか?その正体を見つけるまでは、何があろうと帰るわけにはいかないのです。

街角のワンちゃん  そんな事を考えながら下を向いて武館と日常生活との間を往復をしていると、時々縦横無尽に裏路地を練り歩くワンちゃん達に出くわしました。

 その仔たちの不思議な目を見ていると、いつの間にか慢性化していた胃痛も忘れ、グルグルと無限ループしていた思考も忘れて、「そっか、太極理論って人間を健康にするとか幸せにするとか、それだけじゃなくて、もっと大きくて全体の仕組みを説いてるんだよね。」と思い出させられました。

-後日談-  この8ヵ月後、負けず劣らず大気汚染の深刻な河南省鄭州市へ渡り4年間太極拳を学び、再び2008年に北京オリンピックを終え青空の戻った北京に八卦掌の師を求め帰ってくるまでの約5年間、私は延々とこの中国大陸北部の大気汚染に苦しみました。不思議なのは、普通空気の悪いところに住んでいると「爽やかな高原」や「マイナスイオンあふれる森林」に行きたい思うはずなのですが、何故か私は「南極へ瞬間移動してペンギンと戯れたい」とか「北極へ瞬間移動して白熊の子供と相撲をとりたい」とか、そんな妄想ばかり浮かんでいました。よっぽど極限状態だったのかもしれません。

 しかし、一旦中国を離れると、どうしようもなく中国が恋しくなります。良い所があるから好き、というのは愛ではないように思います。

 古代中国人は世界を良く観察し分析し統計し、そして自然へ向かい心を静め瞑想する事により完全なる森羅万象の真理を悟りました。そして永い年月をかけ体系化し、学問として思想・哲学・実践法等、数々の智慧を次の世代に伝えてきたのです。

 清濁併せ呑んで、私は中国文化を愛したのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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