日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

陳式太極拳「老架一路」

 2005年10月、河南省鄭州市にある『陳家溝太極拳館』に通い始めて3ヵ月が経った頃、私は何とか陳式太極拳「老架一路」の型を覚え、授業中に教練と生徒の皆さんと共に2回通して練習を行える体力がついてきました。

 とは言っても、まだまだ周りの人達と合わせて動き、最後まで倒れずに立っているだけで精一杯の有様でした。

 重心を右か左か、前か後ろかに移動して、右手と左手を決まった位置に移動するだけで、後は「足が痛い、足が痛い、ああ、足が痛い」という感覚しかまだありませんでした。

 授業は1回2時間あります。準備運動の後、たっぷりと四種の纏絲勁を練り、両足の太腿が限界までプルプルと震えだした後、短い休憩を挟んで、老架一路(74式)を2回通して行うのです、計148の型を30分かけて行うのです。

 毎日、午前、午後、夜間、と六時間も授業に通っているものですから、筋肉痛が治る暇もなく、毎日筋肉痛です。

河南省鄭州市 陳家溝太極拳館
 (館内では授業中の写真撮影は禁止の為、上写真は休憩中の風景。)

 そんなに無理してまで授業に通わなくても、程よく休めば良いのですが、休んでしまうとまた以前学んでいた太極拳との練習方法の違いを考えてしまうので、何も考えまいと、とにかく体力の続く限り陳家溝太極拳館に通い詰めました。

 そして、少しずつ今までとは別の感覚が生まれて来るのを感じてきました。

 一定のリズムを保ち、ただ一つの事に皆で打ち込む、という集中力です。

 北京でも日本でも殆ど一人で自主練習をしているか、たまに先生に指導して頂くか、という練習方法だったので、仲間と物言わず共に練拳する機会が、それまで無かったのです。

 もう、何式太極拳だとか、ファンソンだとか、丹田だとか、気だとか、正しいとか間違っているとか、そんな事は何も考えず、ただ只管みんなと体を動かして、筋肉痛に無言の悲鳴をあげながら拳を練り続けました。

 自分が虚弱体質だという後ろ向きな言い訳は、「なんとか克服してみせる!」というやる気に転化していきました。

 休憩時間は相変わらず地元の生徒さん達の方言が聞き取れないので、一人寂しくストレッチなどをしていましたが、たまに顔を合わす「表演隊」の小さな男の子達が(若い人は標準語を話せます)正しいストレッチの仕方等を教えてくれたりしたので、何とかメゲずに拳館に通い続ける事ができました。

 この時期の事は、今でも本当に良く覚えています。

 それはわずか3ヶ月で、老架一路の套路が、私の体を“もやし”体型から見事脱却させてくれたからです。

 少なくとも、普通に茹でた素麺くらいには進化を遂げました。

 解りづらい例えですが“もやし”と“素麺”では、太極拳の練功において、それは格段に差がある(と思っていた)のです。

 4ヵ月経つ頃には筋肉痛も破裂せんばかりの膝痛も治まり、ちょっとした哲学者気取りの太極拳愛好者から、ほんのり陳家溝の風格が感じられる動きになってきました。

 頭でっかちの“もやし”太極拳が、太極拳の本場の地で、水の流れに身を任せる“流し素麺”太極拳に変化していったのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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