日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

中国伝統武術界の礼節

 2006年の2月上旬、中国に渡って初めての旧正月を陳正雷老師とト文徳老師のご自宅で過ごさせて頂いた私は、改めて中国伝統武術界の礼節の大切さを痛切に感じました。

 新年の挨拶(拝年)には、老師をはじめとして、一番弟子から新顔(私のような者)、そして老師のご家族やご親戚など、色々な方々が集まり新年を祝う食事の円卓を囲みます。

 まず第一に、どの席に座るか?これが肝心です。老師の右側に座るか左側に座るか、上座はどちから?下座はどちから?それぞれの位置に深い意味が潜んでいます。そして次に、祝辞の言葉を如何に述べるか?これもお座なりにはできません。また、老師の奥様(師母)への気遣い、そしてご家族への配慮、などなど、数え切れないほどの礼儀・礼節があります。

 しかし、私は中国で育った訳でもありませんし、ましてや中国伝統武術界の掟の本など読んだ事もありません(おそらくは存在しないのではないでしょうか)。とにかく、何もかもが解からないのです。雰囲気から察するに、私は外国人なので、お客様扱いをされているような、されていないような・・・。とても微妙すぎて、その時の私には判断がつきかねました。

 どこに自分の立場をおくか?一般学生なのか、弟子なのか、留学生なのか、まったく検討がつかないので、仕方なく30歳という自分の年齢を踏まえて、学生の立場で立ち振る舞うことにしました。

 と言っても、日本と中国では習慣が違います。陳正雷老師のご自宅では、皆さん外国人との接し方に慣れていらっしゃったので、私はあまり自分で考えなくても失礼な言動をしなくて済んだのですが、ト文徳老師のご自宅では、完全に中国式の接し方で迎えて下さったので、私はたくさん失敗をしてしまいました。

 まず一つ目の大失敗は、ト文徳老師に勧められるがままにト文徳老師の右隣に座ってしまった事です。右隣は老師の一番弟子が座る席なのです、私なんぞが座ってはならない席だったのです(いま思い出すだけでも赤面します)。更には、女学生なのに勧められるがままにお酒を沢山飲んでしまったのです。中国では公式の場では女性は殆どお酒は飲みません。しかし私はその事を知らなかったので「断るのは失礼なのではないか?」と勘違いをし、お弟子さん達に、まるで“わんこそば”の様に物凄い勢いで注がれる白酒(アルコール度数50度以上ある)を「アワアワ・・・」と思いながら飲み続けてしまったのです。そして中国では祝辞の言葉を述べながらお酒を酌み交わすのですが、一言も祝辞の挨拶ができなかった事、数え上げればきりがありません。

 もちろんト文徳老師やお弟子さん方は、私が何も知らない外国人だという事は百も承知でしたので、嫌な表情はされませんでしたが、ご親戚の女性の方々には、白い目で見られました。

 白い目で見られているのは解かってはいましたが、だからと言って何をどうして良いのか解からなかったので、私は拝年の席に参加した事を後悔しながら、早く時間が過ぎないかと、ずっと下を向いて、次々と注がれる白酒を飲み続けました。

 そして、どうやらその日、私は飲みすぎて“フラフラ”になってしまったらしく、気がつくと翌朝自宅のベッドに横になっており、ト文徳老師の女性のお弟子さんからの電話で目が覚めました。

 「横山さん、大丈夫?昨日はフラフラだったわよ」

 「え~、あ~、大丈夫です。どうも、本当にすみませんでした」

 飲み慣れない中国の白酒を、一体どれくらい飲んだのか、自分でも憶えていません。(大体そもそも私はお酒は弱いのです)

 ひどい二日酔いと自己嫌悪で、新年なのに最悪の気分でベッドに横たわっていると、耐え難い空腹感に襲われました。

 しかし新年なので、どの商店も閉まっています、年末に買っておいた台所の食料も既に傷んでいました。

 「あ~、頭が痛いよ~、お腹が空いたよ~、気持ち悪いよ~、う~」

 仕方が無いので、商店が開業するまで、水と台所の戸棚の奥にあったトウモロコシの粉でお粥を作り、二日間を過ごしました。

 なんとか体調が戻ってからも、まだ太極拳館が開館するまで一週間以上ありましたので、私は何もする事がなく、酷く孤独を感じました。ト文徳老師からも、練功をいつから開始するのか連絡がありません。

 (本来ならば、今こそ自主練習する時なのだろうな)

 しかし、心構えが出来ていなかった、と言うか、年末まで朝から晩まで鍛錬していた日々と、新年を老師方のお宅で迎えられる!という期待感と、結果きちんと礼節にのっとった拝年(新年の挨拶)が出来なかった、というショックで、すっかり鬱になってしまっていました。

中国河南省鄭州市の人民公園  精神的に参ってしまいそうになったので、頑張ってジャージに着替え、鄭州市にある大きな公園の一つである『人民公園』へ行って自主練習をする事にしました。

 人影の無い場所で練習をすると不審者が怖いので、公園の入り口の広い場所で、動きたがらない心と体とを、無理やり動かしました。

 しかし、きっと留学ストレスと孤独が原因の鬱状態だったのでしょう、動いても動いても、ちっとも気分が晴れません、体も温まりません。頑張って公園まで来たのですが、逆に楽しそうに公園内をお散歩している家族連れや、カップルの姿を見て、ますます気分が落ち込んでしまいました。

 心と体は一体なのでしょう。私は自主練習を諦めました。一歩一歩と歩いて帰る道のりも、大変しんどい事に気がつきました。

 歩くという行為は、両足を片方ずつ前に出さなくてはなりませんが、一歩足を踏み出すごとに、心がズキンと痛むのです。

 なんとか踏ん張って中国に残り、年が明け太極拳館が開館し、ト老師の特訓が始まるまで耐えるだけで、自分は精一杯だという事に気がつきました。

 (毎日練習していた時は、あんなに元気だったのに、たった数日間でどうしてこんな風になってしまうんだろう・・・)

 普段は言葉を交わさない太極拳館の生徒の方たちに、早く会いたいと思いました。

 しゃべらなくったって、友達になれなくったって、一緒に同じ時間に太極拳を練習できるだけで、とても幸せだった事に気がつきました。

 その頃の私は、まだ本当に中国伝統武術の門に入門していなかったのです。まだその時が来ていなかったのです。必要なのは、共に練習する仲間だったのです。

 共に練習し、迷い、汗を流し、切磋琢磨する、“場”と“仲間”が必要だったのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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