日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

中国伝統武術の保守性

 2006年3月、旧正月が明けて暫くたった頃、ようやくト文徳老師よりご連絡を頂きました。

 「ほほほ、横山さん、そろそろ練功を始めんかね?」

 私は既に太極拳館で練習を開始しており、体の状態もまずまずでしたので、「はい!いつからでも始められます!」と元気良く答えました。

 翌日の早朝、私は日の出と共に河南省鄭州市に流れている金水河の河辺へ早朝練習に向かいました。

 ト老師は私に「早朝練習では主に基礎体力をつける『走り込み』と『ストレッチ』を行うように」と言われました。

 どうやら、春が近づいて河辺にも人が多くなり、ト老師のお弟子さん以外にも色々な武術愛好者達が訪れはじめていたのです。

 その時、私にはまだト老師の意図が良く解からなかったのですが、とりあえず早朝練習では、言い付け通りに走り込みとストレッチを行いました。

 午後には、ト老師のご自宅の団地の駐車場で個人指導を受けます。

ト文徳老師のご自宅の前

 これが、凄まじく、桁外れに、(ありがたいのですが)、きついのなんのっと言ったら、筆舌に尽くし難かったのです・・・

 下手をすると3時間も4時間もぶっ通しでしごかれます。

 普段は温厚なト老師ですが、武術の話や練功の時間になると、瞬時に“豹変”します。特に練功中は御年90歳とは思えぬ超高度な集中状態で、延々と、まるで本当に『怠け心・発見レーダー』を搭載しているのではないか?と疑ってしまうような鋭い眼光を、私に浴びせ続けて下さります・・・

 とにかく、休憩できないのです。

 当時の私の体力では、ト老師の“しごきメニュー”は30分しか持たず、あとは意識朦朧とした状態で、手と足をバタバタしているだけでした。

 その光景を例えるならば、「飛びたがらないニワトリ(私)を、無理やり飛ばせようとして追いかけている(ト老師)」といった構図です。

 しかし、昔の武術学校は、そういうものだったそうです。

 教練にしごかれなければ、自分でできる努力には限界があります。しごかれて、怒鳴られて、時には殴られて、そうして貰わないと怠ける自分を知っているから、殴られても教練に感謝して練習するのです。

 ト老師も、私を引き受けた責任があるからこそ、厳しくしごいて下さっていたのだと思います。とにかく、スパルタ中のスパルタでした。

 そんなある朝、いつものように早朝練習をしていると、見た事のない男の子が河辺に練習に来ていました。

 様子を覗っていると、どうやらト老師のお弟子さんの武術館にいた事のある学生らしい、という事がわかりました。

 ト老師とその18歳くらいの男の子とは、とても親しげにお話をしていたので、私はすっかり身内なのだと勘違いをしました。

 そして、男の子が私に話しかけてきて「僕も、午後の個人指導に行きたいな」と言うので、私は安易に「じゃ、一緒に行こうか!」と言ってしまったのです。

 言ってしまった一つ目の理由は、ト老師とその男の子はとても良い関係のように見えましたし、彼は私よりも若く、運動神経も良かったので、「きっとト老師はそういう人材に武術を教える事を喜んで下さるだろう」と思った事と、「午後の個人指導が2人になれば、私へのしごきの割合も少しは減るだろう」と思った事です。

 しかし、これは大間違いでした。

 その日の午後、私がト老師のご自宅前の練習場所に行くと、いつもト老師が佇んでいる場所には、その男の子しかいません。練習中はいつもト老師の隣で野菜の選別をしたり、豆の皮むきをしながら私を見守って下さっている師母(ト老師の奥様)の姿もありません。待てど暮らせど、ト老師は一向に姿を現しません。

 「おかしいなぁ?」

 と思って、ト老師の家のドアを叩いてみると、「請進」(入って来て下さい)と、ト老師の息子さんの声が聞こえました。

 「あれ、ト老師に何かあったのかな?」

 そう思った私は急に心配になり、ドキドキしながら家の中に入っていくと、息子さんはまず私を椅子に座らせ、白湯を飲ませて下さり、そしてお話をして下さいました。

 「あのね、横山さん、私の父は午後はあなたの為に指導をしているんだよ、だから部外者を呼んではいけないんだよ。あなたは知らなかったかもしれないが、中国の伝統武術とは非常に保守的なものなんだよ。礼を尽くし、敬の心のある者、そして学ぶ事を許された者だけが、師からの教えを受けられるんだよ。あの男の子は横山さんを利用して父に習おうとしているのだよ。何故あなたが父に武術を習えるか知ってるかい?それは父とあなたの日本の師匠との信頼関係と、あとは父があなたの人格を認めた、そういう厳格な掟で許されたからなんだよ」

 ・・・

 私は平謝りに謝りました。

 どうやらト老師は、その日は血圧が上がり、床で休まれているとの事なのです。

 「体調が良くなったら、また連絡をするから」と言われ、私はその日、家に帰りました。

 何にも、何にも、私は・・・、何にも知らなかったのです。

 自分の脳天気ぶりが、恥ずかしくて、情けなくて、苦しくて、申し訳なくて、ト老師の血圧が上がり体調を崩された事が自分の責任のような気がして、部屋にいても耳鳴りがするほど苦しく反省をしました。

 よくよく思い返してみれば、早朝練習の時、たまにト老師が話しかけてくる人に向かって不機嫌そうな表情をしている事や、わざと“ボケたふり”をしている事を思い出しました。ト老師は全て計算済みなのです。自分が信頼している弟子以外には、決して武術の核心は現さないのです。

 わたしは、やっと解かりました。

 古くは戦国時代、中国では多くの民族、多くの人々が度重なる戦より自分達の命を守る為、必死に奮闘してきました。そうした命がけの時代が、中国伝統思想を含んだ、あの高度な理と実践法を備えた一つの大系統を織り成す“中国武術”を確立したのです。

 保守的とは、ケチとか時代錯誤とか、そういう類いのものではないのです。非常に尊重すべき伝統なのです。

 こうして、私は一つずつ失敗を繰り返しながら、そうして一つずつ中国伝統武術界の掟を、心に刻んでいったのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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