日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

気づかなかった変化

 2007年3月初旬、日本より私の知人が、お弟子さん達と共に河南省へ来ました。

 久しぶりに私の姿を見た知人は、「春光さん、見違えたね、たくましくなった!」と感嘆の声を上げて驚いていました。

ト文徳老師のご自宅にて記念撮影(横山春光)
 (ト文徳老師、私)

 自分では気づいていませんでしたが、確かにこの時期以前と、以降では、写真に写っている自分の姿が変化していました。

 ト文徳老師に毎日散々しごかれていた影響も多分にあるとは思いますが、それ以外でも太極拳館で教練や仲間たちに、これまた散々「横山!もっと堂々としろ!」「下を向いてチョコチョコ歩くな!」「腹から声を出せ!」と日常的にメンタル・トレーニングをされていた影響もあったと思います。

 何かにつけて周囲の方々に「你是練武的!」(あなたは武術を志す者なのだから!)と意識改革されていたのです。

 そして、あの陳式太極拳『老架一路』の“ガバ~ッ”と豪快に体を開く動きで、中学生の頃から対人恐怖症だった為に猫背になっていた“肩”と、それによって圧迫されていた“胸”が開いたのです。

 気がつけば、長時間人と会っていても、昔のように息切れや眩暈、そして恐怖感などを感じなくなっていました。

 勿論、そんなに簡単に心の奥にある闇は消えませんでしたが、体が丈夫になっていく事で、確実に心も強くなっていく事を実感しました。

 精神論だけではダメなのです。体は年月と共に老いていくかもしれません。しかし、死ぬその“最期の瞬間”まで、体は生きているのです。

 私は10代から20代前半にかけて、生きる意味が見出せず、何度も自暴自棄になり、死の直前まで自分の体を追い詰めた事がありました。しかし、心とは関係なく、ギリギリのところで体(生命)は「生きたい!」と叫ぶのです。

 いつか、必ず死を迎える事を知っていても、それでも生命は「生きたい!」と叫ぶのです。

 心の奥に潜んでいる闇、そして体の奥から聞こえてくる「生きたい!」という響き。

 この2つを素直に受け入れた時、私に平安が訪れました。

 私は太極拳に出会い、救われた訳ではありません。

 私は、私に訪れた平安を証明したくて、太極の門を叩いたのです。

 中国に来て、既に2年半が経っていました。最初にお世話になった北京の馮志強老師の武館を去る時、あれからヨチヨチ歩きではありましたが、自分の道を歩みはじめました。

 知人は、ト文徳老師と私の縁をつなぐ為に、正式に収徒儀式までしてくれました。

 ト文徳老師と知人との師弟関係が成り立って、初めて私がト老師より直々に教えを頂く事ができるからです。

 中国の伝統武術界の掟として、本来ならば年齢的な問題から、私がト文徳老師より直々に伝授を頂く事はできません。知人が正式弟子となって、私は孫弟子になる事で伝授を受ける事ができるのです。しかし、これは“外国人だから”という特例で、実際には孫弟子が師匠を飛び越えて師爺(師匠の師匠)に学ぶ事はできません。

 初めて参加した中国伝統武術界の『収徒儀式』は、私が想像していた以上に厳格でしたが、その後の宴の席になると雰囲気は一転し、会場は大変賑やかになり、私は通訳と礼節である祝いの酒を注ぐ為に、忙しくテーブルをくるくる回っていました。

ト云龍 「おい、俺も手伝ってやるよ!」

 若者は席に着くことはできません、ト文徳老師のお孫さんであるト云龍が声をかけてくれました。

 彼とは前から顔なじみでした。明るくて破天荒な青年でしたが、初めて会った時、なぜか心臓を素手で潰されるような痛みを感じました。

 後から知った事ですが、彼は幼い頃に両親から祖父であるト文徳老師に預けられ、武術の英才教育を受けていたそうです。

 隔世遺伝だったのでしょう。武才に恵まれたト云龍は12歳の頃に、跳躍して行う旋風脚を20回連続で1センチも高さを落とさずにやってのけたそうです。

 しかし、10代の後半になると武術をやめて家から出てしまったそうです。私がト老師のご自宅の前で練習している時、彼はたまに素性のよくわからない仲間や、顔立ちの良く似た恋人を連れて来て、私や小路をからかっては遊びに出かけていました。

 仲間や恋人に囲まれて、底抜けに明るい素振りをしている云龍は、時々絶対に満たされることの無いような寂しい眼をする時がありました。

 私は、ト老師が彼に家に戻って武術の修行を再開して欲しいと願っている事を知っていたので、云龍(ユン ロン)が顔を出すたびに「家に戻ってきなよ!一緒に練習しようよ!」と声を掛けたりしていましたが、本当は彼の姿を見ると、心臓を素手で潰されるような痛みを感じるので、会いたくないと思っていました。

 でもその日、収徒儀式の宴の席で、云龍は私に「しょうがねーなー、爺ちゃんはもう年取ってるから、俺が武術の基礎を教えてやるよ!」と言って、皆に「俺、爺ちゃんの家に戻るから」という言葉を残し、肩を揺らせて帰っていったのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

ページのトップへ戻る