日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

麻林城老師との出会い

 2007年7月下旬、太極拳の練習も八卦掌の練習も放り出して通い詰めていたヨガ・センターで瞑想(迷走だったかもしれません)をしながら、(もう、中国武術の道は諦めようか)と思っていた頃、ようやく「麻林城老師の連絡手段が見つかった!」という吉報が入りました。

 依頼をしていたのは太極拳館の生徒の曹さんという方で、曹さんに「横山さん、やっと麻林城老師の生徒という陳さんという人の連絡先が見つかったよ!」という知らせを聞いた私は、「はっ」と我に返り、やはりここで中国武術を諦める訳にはいかない、という信念が甦りました。

 今度ばかりは即断即決で、その日のうちに麻林城老師が合宿を行っているという河北省の僻地へ向かう為の列車の切符を買うと、翌々日にはガイド役を買って出てくれた曹さんと一緒に、まずは北京へ向かう夜行列車に乗りました。

 朝の6時半に北京西駅に到着し、そのまま河北省の北部にある合宿所へ向かう長距離バスに乗ると、疲労と暑さと排気ガスで吐きそうになりましたが、何とか昼過ぎには合宿所に到着しました。

 本当に麻林城老師にお会いできるのだろうか?バス酔い半分、期待半分の夢のような気持ちで、フラフラと曹さんの後を着いて行くと、

 な、なんとっ!

 恐る恐る合宿所となっている武術館の門をくぐると、タイムスリップでもしたかのような光景が私の視神経を通して脳に送られてきたのです。

八卦掌訓練風景

 (い、いつの時代に迷い込んでしまったのだろう、しかも男の人しかいない・・・)

 まるで虎のような体格をした男性たちが大勢で、殺気むんむんの八卦掌を鍛錬していたのです。

 自分がとても場違いな所に来てしまったような気がして、完全に気後れしている私をよそに、ガイド役の曹さん(男性)は突如としてテンションが上がったようでした。

 門の入り口にいた監視員さんに麻林城老師の居場所を聞いた曹さんは、臆することなく武術館の中に入っていくと、更に殺気濃度の濃い集団の中心で指導を行っておられた麻林城老師を見つけ、挨拶の言葉を述べると、私の紹介などすっかり忘れて、「自分は武術に大変興味がありまして!!」と熱く語り始めたのです。

 (い、いつの時代に迷い込んでしまったのだろう、しかも男の人しかいない・・・)

 まるで虎のような体格をした男性たちが大勢で、殺気むんむんの八卦掌を鍛錬していたのです。

 自分がとても場違いな所に来てしまったような気がして、完全に気後れしている私をよそに、ガイド役の曹さん(男性)は突如としてテンションが上がったようでした。

 門の入り口にいた監視員さんに麻林城老師の居場所を聞いた曹さんは、臆することなく武術館の中に入っていくと、更に殺気濃度の濃い集団の中心で指導を行っておられた麻林城老師を見つけ、挨拶の言葉を述べると、私の紹介などすっかり忘れて、「自分は武術に大変興味がありまして!!」と熱く語り始めたのです。

 突然訪れた珍客にも丁寧に、そして冷静に対応して下さった麻林城老師は、教材ビデオで拝見したご様子より遥かに存在感が大きく、また数メートル離れた場所に立っていても、皮膚にヒリヒリと刺激が走るような振動を体に纏っておられたので、私はやはりとても圧倒されてしまいましたが(この老師が私の生涯の師となって下さるかもしれないお方だ)と思うと、感無量になって言葉が出ませんでした。

 曹さんは、想像を超える現場に完全に舞い上がってしまったようで、私が聞いていても支離滅裂な話しを延々と麻林城老師に語っていました。その間、麻林城老師は何度か私に視線を投げかけて下さっており、しばくして話が一段落すると、曹さんに「その後ろの女性は武術を学んでいる方ですか?」と尋ねて下さいました。

(嗚呼、これでやっと曹さんは自分がガイド役だったことを思い出してくれるだろう)

と私が安堵していると、ところがどっこい、曹さんは「え?ああ、彼女は八卦掌を学びたいそうです」と一言で私の紹介を済ませ、また麻林城老師に熱く“自分が如何に武術に興味があるか”を語り始めたのです。

 これはさすがにマズい、と悟った私は、麻林城老師に向かって精一杯の声を出して「私は河南省で陳式太極拳を学んでいました、そしてト文徳老師よりト氏八卦掌の指導を頂いておりました。しかし自身の無知と未熟さ故、本質に触れることは不可能であると断念しました。そこでもう一度初心に返り、麻林城老師より正統な八卦掌を学びたいと決心した所存です!麻老師の八卦掌を学ばせてください!」と懇願しました。

 麻林城老師は、「申し訳ありませんが、いま私は中国中央テレビ局の依頼で、武林大会に出場する選手の指導を行っています。また日を改めて来て下さい」と仰って下さいました。

(やはり、私のような脆弱な身体の外国人など、相手にして下さるはずがなかった・・・)

と、一瞬失望しかけましたが、麻林城老師はお忙しいにも関わらず、私達を武術館の門まで見送って下さったので、どうしても諦め切れなかった私は「麻林城老師、いつ頃ご連絡差し上げればご都合が宜しいでしょうか?」と伺うと、「では、あなたの学んだ八卦掌を見せて下さい」と仰って下さり、門の前で私に演武する機会を与えて下さいました。

 恥も緊張も何もありません、そんなちっぽけな自我など浮かび上がってくるはずもない程、私は必死に麻林城老師の教えを求めており、またこれまで必死で練習してきたのです。

 ト文徳老師よりご指導を頂いた『老八掌』を見て頂くと、麻林城老師は「8月以降に連絡して下さい」とだけ仰って下さると、「今日は大変忙しく申し訳ありませんが、これで訓練に戻らせて頂きます」と、私達のような突然の訪問者にまで礼を尽くして下さり、静かに武術館に歩いて戻って行かれました。

 殺気立った大柄の若い男性選手陣の中で、小柄な麻林城老師の風格は異質でした。もちろん本物の中国伝統武術家と向き合った怖さも感じましたが、それよりもずっと奥の深い静けさを感じました。

 私は河南省に戻る帰路の途中、ずっと考え続けました。麻林城老師は武術館を開いておらず、八卦掌を学ぶには大部分の時間、自分一人だけで練功に取り組まなければなりません。それがどれだけ孤独で耐え続ける事が難しいか、3年間の留学生活で痛い程わかっていた私は

甘えた気持ちでは到底努まらない事を良くわかっていたのです。麻林城老師だけを頼って北京に行く訳にはいかなかったのです。

 しかし、麻林城老師との縁が、近い将来繋がろうとしている事は感じていました。

 あと少し、あともう少し、河南省でやり残した事がある。河南省から逃げるように麻林城老師の元へ行ってはいけない。

 それが何なのかを確かめてからでないと、きっと北京の麻林城老師の元へ行っても潰れてしまう。

 「やり残した事に、きちんと向き合おう!」そう決心して、私は河南省に戻ったのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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