日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

麻林城老師のもとへ

 2007年12月中旬、既に中国北部には酷寒の冬が訪れていたある夜、私は全ての迷いを振り切って、八卦掌第五代正統継承者である麻林城老師のもとへ向かう為、河南省の鄭州駅で北京行きの夜行列車を待っていました。

 見送りはいらないと思っていましたが、ヨガ・センターで友達になった小朱という同じ年頃の女の子が見送りに来てくれました。

河南省の鄭州駅で北京駅へ向かう夜行列車を待つ

 私は駅の待合室で、中国に来てから起こった色々な出来事を思い出していました。

(本当に、つかれた・・・)

 常に極限状態でした。でもいつも何かを掴もうとしていました。体はボロボロでしたが、心は満足していました。

 やっと麻林城老師のもとへ向かう決意が固まったことで、自分の中国留学が終わるような気がしていました。

 「北京は河南省より寒いよ、どこで練習するの?」

 と小朱に聞かれたので、「たぶん公園だよ」と答えると、「体に悪いよ、小美(小朱は私をそう呼んでいました)は身体が弱いんだから無理しちゃダメだよ!」

 「大丈夫だよ、老師にはちゃんと自分の体質のことは伝えるから」

 私がそう言うと、小朱は「まったく・・・、小美はどうしてそんなに中国武術に“痴迷”魅入られたのかしら、結婚もしなければ恋愛もしない、朝から晩まで鍛錬!鍛錬!、少しは自分の身の振り方も考えなさい!」

 小朱は怒った振りをしていましたが、心の奥では応援してくれている事が伝わってきたので、私はただ笑い返しただけでした。

 北京行きの夜行列車には乗り慣れていたので、私は寝台車に乗り込むと、直ぐに眠ってしまいました。

 私は寝台列車が好きです、家のベッドでは寝付きが悪いのですが、寝台列車の狭苦しさと暗さと人の気配と程よい揺れが、とても心地よく感じられるので、直ぐに眠ってしまいます。

 翌日の早朝、北京西駅に時刻通りに到着した列車を降りると、麻林城老師がホームまで迎えに来て下さっていました。(今にして思えば大変お手数をお掛けしたと思い申し訳ない気持ちになるのですが、麻林城老師は北京の郊外に住んでいらっしゃったので、私は行き方がわからなかったのです)

 厳格な面持ちの麻林城老師は、車でご自宅のある郊外に向かう途中、私に中国伝統武術についての概念を深々とお話して下さいました。

(これは今までの学びとは違う、麻林城老師は私を特別扱いしようとされておられない、一人の人間として対面して下さっている・・・)

 私は、改めて麻林城老師に自分の気持ちを伝えようと思いました。

 「私は幼い頃から社会生活に適応できず、25歳の時、人生の全てを投げ打って太極拳を学ぶ決意をしました。日本で2年間禅の修行道場で太極拳と禅の思想を学び、その後、中国に来て北京の馮志強老師の『志強武館』で“陳式心意混元太極拳”を1年間学びました。それから河南省に渡り、陳正雷老師の『陳家溝太極拳館』で“陳式太極拳”を2年半学び、また日本の太極拳の師の紹介で、同じく河南省にご在住のト文徳老師より“ト氏八卦掌”を学んでおりました」

 麻林城老師は車を運転しながら、黙って私の話を聞いて下さっていました。

 「しかし、練功しても、練功しても、私には何も残らないような気がするのです。これまでの鍛錬で多少の骨格や筋肉は強くなりましたが、心は空っぽなのです」

 私は更に話し続けました。

 「私は今まで、ただ闇雲に鍛錬を重ねていれば良いと思っておりました。しかし徐々にそれは間違いである事に気がつきました。問題は私の考え方と方向性であると気がつきました。今までお世話になった老師方には、私の未熟さゆえ、中途半端な学びしか出来なかった事を、とても申し訳ないと思っています」

 麻林城老師は車を運転しながら、尚も沈黙のままでした。

 ・・・

 私は自分が見当はずれな事を話しているのではないかと、にわかに不安になり、沈黙に耐えられず、とにかく言わなければならない事を早く言わなければと焦り、しかし焦れば焦るほど支離滅裂になっていきそうな予感がしたので、ひとしきり考えた挙句、思ったままを伝える事にしました。

 「私は大量の八卦掌の資料を調べ、麻林城老師の八卦掌こそが、私が全人生を懸けて学ぶべき功夫だと直感しました!」

 もう、馬鹿が付くほど単刀直入でしたが、それ以外なんと言って良いのか解らなかったのです。

 麻林城老師は、私の言葉には何もお答えにならず、中国伝統武術界の保守性と礼節の厳しさ、多くの練功者がそれすらも知らず、ただ形だけの技を練習しているに留まっている事、また本当の中国伝統武術の功夫は今も確実に存在している事、これらのお話をして下さいました。

 私は全神経を集中させて、麻林城老師が何を仰ろうとしているのかを感じ取ろうとしましたが、未熟な私には、ただ圧倒されるばかりで、底知れぬ麻林城老師の思考の深さに、一言も言葉が出てきませんでした。

 練習場所となる公園の近くに旅館を見つけると、私は素早く荷物を置き、麻林城老師と共に公園の入り口にあった「陽陽小吃」という飲食チェーン店に向かい、朝食をとりました。

 麻林城老師は「ここは清潔で値段も安いから、食事はここで済ませるといい」と仰って下さり、私は熱々の素菜包子を緊張と共に喉に流し込みながら、「麻林城老師、色々とご配慮くださって、ありがとうございます!」と申し上げました。

 麻林城老師は、しばらく呼吸をおいてから、こう仰って下さいました。

 「あなたの、その中国語の熟練度、そして礼儀正しさ、武術に対する純粋な求学心と悟性、それを見ただけで今まで中国でどれ程の苦労をしてきたかは一目瞭然です」

 「実は、7月に河北省の僻地の合宿所にあなたが訪れた時、私は感動していたのだよ。よくそこまでの強い意思を持てたと・・・」

 私は突然の麻林城老師からの温かい言葉に、なんとお答えすれば良いのか解らずマゴマゴしていると、麻林城老師は続けて

 「私は一般的には指導を依頼されても断るのですが、八卦掌の継承者として、あなたの志には答える責任がある」

 と仰って下さいました。

 私は初めて学ぶことの責任と、その重さを知りました。同時に自分の志を理解して頂けた感激も覚えましたが、しかし麻林城老師が私に対して直接思いを語って下さったのは、それが最初で最後でした。

 その瞬間から、厳しい師匠の顔になられたのです。

八卦掌の指導にあたる麻林城老師

 私は指導を受ける前に、麻林城老師に自分が虚弱体質である事と、これまでの練習で右アキレス腱と右股関節を痛めている事を伝えました。

 麻林城老師は私の足を見ると、「いま習得している八卦掌の動きを行ってみなさい」と仰られたので、言われたとおり動きを見て頂くと「何の問題もない」と仰られました。

 私は河南省でのスパルタ鍛錬がトラウマになっていたので、「麻林城老師、私はもう31歳になります、激しい鍛錬は恐らくできないと思います、心身を健やかにできるような練習がしたいと思っています」と正直に話しました。見栄を張ったって仕方がありません。私も本気で、そして本音で麻林城老師と向き合うしかなかったのです。

 麻林城老師は、こう仰いました。

 「八卦掌は武術である、その武術性を失っては、高い健康効果を得られる事などできない。武術性、体の健康、心の修行、これらは本来一つのものであって、分けることなどできない」

 麻林城老師の口調は明晰で穏やかでした。私は黙って麻林城老師の指導法に従う事に決めました。

 練習場所の公園の池には氷が張っていて、その上を吹いてくる氷点下の寒風は骨を刺しましたが、初めて受ける正統八卦掌の練功法は、その一つ一つが、ダイヤモンドのように私の体の中で輝きました。

 特につま先を内に入れる「扣歩」(コウ・ブー)と、つま先を外に開く「擺歩」(バイ・ブー)は衝撃でした。

(ああ、やっぱり、やっぱり、そうだったんだっ!)

 ずっと体の奥に押さえ込んでいた不自由感が解放されたような気がしました。

 そして、初めて麻林城老師の八卦掌の動きを肉眼で見ることができたその時・・・、その時・・・、私の心と体は歓喜で震えました。

 とても人間の動きとは思えない、まさに「地に舞い降りた龍」の様でした。

 空間が、時間が、麻林城老師と共に動き、変化していました。

 その生き生きとした躍動感、変幻自在、伸縮自在、千変万化、そして無数に展開される螺旋の動き・・・、眩暈がしました。直視しようとすると、平衡感覚が狂いそうになりました。

 残像が見えるのです。

 ただ高速で動いているのではない事は、未熟な私でも解りました。麻林城老師は時空と共に変化し、それと同時に絶対的静寂を宿していました。

 どんな言葉も、麻林城老師の八卦掌を表現する事はできません。

 その時、私がどれだけ嬉しかったかも、言葉で表現する事はできません。

 ・・・

 指導は氷点下の冬空の下、毎朝4時間に及ぶものでした。

 しかし、不思議なことに古傷のアキレス腱も股関節も、まったく痛みは生じませんでした。むしろ全身の歪みが整っていく感覚を覚えました。

 ただ重心移動を行いながら歩いていることが、こんなに素晴らしいことだったなんて!

 100%納得のゆくものなどこの世にある筈がない、完璧なものなどこの世にはない、多くの人達はそう言うかもしれません。しかし、私は誠意を持って言えます。

 私は命がけで100%納得のゆく道を探しました。そして、この時から完全に自分の中で「是なり!」と言える道を歩みはじめたのです。

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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