日本中国伝統功夫研究会

私たちの会は八卦掌の鍛錬を通じ「天人合一」の境地を学ぶ会です

「研究会」発足を決意

 2007年12月22日、北京市の郊外において八卦掌第五代正統継承者である麻林城老師に伝統八卦掌をご指導頂いているその頃、河南省の裴さんという通訳さんから連絡がありました。

 「程さんが亡くなったので、知人に連絡して下さい」

 程さんとは、私の最初の太極拳の師であった知人の友人でした。ト文徳老師とは親戚関係にあり、何かとお世話になった恩人でもあったので、私は頭の中が真っ白になりました。

 つい2ヶ月前に会ったばかりだったのです。

 私は麻林城老師に事情を伝え、程さんの葬儀に参列する為、翌日12月23日に河南省に戻りました。

 葬儀には程さんの生前の人柄を偲んで沢山の人達が参列していました。

 親友であった裴さんは気丈に振舞っていましたが、最後に程さんにお別れを告げるとき、本当にまた直ぐに会えるような口調で「好走」(気をつけて行っておいで)と声を掛けている姿が、痛々しく感じました。

 家族の為、会社の為、一生懸命に働いた程さんは、過労死でした。

 日本に留学していた頃の経験を生かして、昼休みも取らず、連日出張を重ねて働いていた程さんの事を、親戚の方々は「日本に行ったから仕事人間になってしまった、可哀想なことをした」と囁いており、私はとても申し訳ない気持ちになりました。

 身近な人の死を目の当たりにして、私は改めて「人間はいつか死ぬのだ」と思いました。

 それは明日かもしれない、30年後かもしれない、もしかしたら今日かもしれない・・・

 私は急に「時」という概念が手のひらから零れ落ちていくような、身のすくむような怖さを感じました。

 人は何の為に生まれてきて、なぜ死んでいくのだろう。

 学びたい、学ばなければならない、それが何かを知らなければならない。

 私は悲痛な葬儀から自宅に戻ると、居ても立っても居られない衝動に駆られ、また直ぐに北京の麻林城老師の元に戻ることにしました。

 そして麻林城老師に、ある申し出をしました。

 「麻老師、私は日本に帰国して麻老師の八卦掌を研究する『研究会』を発足したいと思います。初めは5~6名ほどしか人は集まらないかもしれません。しかし、きっと本当に学びたい人達が少しずつ集まってくると思います。麻林城老師との出会いは、私が中国に来たという事の答えでした。私はこれから次の段階に進まなければならないような気がします」

 麻林城老師は、その時は「許す」とも「許さない」とも仰られませんでしたが、翌日には私の希望を受け入れて下さった意で、研究会の名称を考えて下さいました。

 「日本中国伝統功夫研究会」

 ・・・

 この日から、私は当時まだ現実には存在しなかった「日本中国伝統功夫研究会」の会長となったのです。

 そして、麻林城老師は、

 「私は会社を経営しているので経済的には困っていない。今度から学費など持って来ないように。その代わり一生懸命に苦練を重ねて八卦掌の習得に励みなさい。そして、いつの日か、私が享受しているこの八卦掌の境地を分かち合える日が来るならば、それが私には何よりも嬉しいことだ」

 そう仰って下さいました。

 私は中国の習慣をある程度知っていたので、それでも学費をお渡ししようとしたのですが、麻林城老師は、

 「孩子、听話!」(子供よ、聞き分けなさい!)

 と仰って、私が用意していた紅包を私のバッグに押し戻すと、「食費や滞在費にしなさい」と仰って下さいました。

 父親のいなかった私には、この時、麻林城老師が本当の父親のように・・・、いや、それ以上の存在のように感じました。

 私は、本当に満足していました。

 満足して、これからは日本に帰って、慣れ親しんだ自国で体と心を癒しながら、志を同じくする仲間と麻林城老師の八卦掌を研究し、定期的に北京に通いながら麻林城老師より教えを頂こうと思っていたのです。

 ところが、河南省の自宅に戻ってから、日本に帰る準備をあれこれと考えているうちに、自分が3年半の中国留学生活で、ただ練習しかしていなかった事に気がついたのです。

 生活環境といえば、若しくは武館、若しくは公園、若しくはアパート、通学途中の商店で食材を買う以外は、たまにスポーツ用品店にジャージを買いに行くのみ。

 せっかく長期間中国にいたのに、毎日鍛錬ばかりで中国の文化や思想、また武術の理論をまったく勉強していませんでした。

 それに、日本に帰って仲間を探すには、インターネットを介してWEBサイトで呼びかけをするしかありません。

 WEBデザイナーだった頃に、過度のストレスで潰れてしまった事から、パソコンに触ることを自分で禁止していたのですが、いよいよインターネット生活を解禁しなければならない事に気がつきました。

(帰国する事はいつでもできる。『日本中国伝統功夫研究会』のWEBサイトだって中国でも作れる。もう歩むべき道は見つかったのだから、慌てて帰国する事はないじゃないか。ちゃんと準備をしてから日本に帰ろう!)

 河南省は歴史の古い地域です。私は中国留学終了を延期し、再び角度を変えて、麻林城老師よりご指導頂いた八卦掌の練習に取り組みながら、『中国』という国の思想を学ぼうと、思いを新たにしたのです。

河南省博物館

つづく

ニーハオ、北京!

一度目の帰国

再び北京へ

二度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

三度目の帰国

太極拳発祥の地 -河南省-

八卦掌への道

八度目の帰国

八卦掌への道(中盤)

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