HISTORY OF CHINA

黄河の畔から始まった「龍の伝人」5000年の歴史

中国人は自らのことを「龍の伝人」と呼んでいます。その由来は諸説ありますが、龍のような二つの大河、黄河と長江の畔から中国古代文明が約5000前に起こったと言われています。
農耕が発達し、城壁を持った都市国家が各地に生まれ、様々な文化が形成されましたが、伝説の三皇五帝の時代を経て、夏・商(殷)・周と古代国家が変遷しました。周の影響力が衰えると各地に国家が分裂し、春秋戦国時代と呼ばれる長い戦乱の時代を迎えました。この戦乱の時代に、儒家・道家・兵家などの様々な思想が花開きました。
この戦乱の世を統一したのが秦の始皇帝で、中央集権国家を打ち立て、文字や思想を統一、万里の長城を建設し、続く漢帝国とともに、西欧にも知れわたる大帝国となり、その後の中国文化の形成と発展に大きく寄与したのです。

漢帝国が衰えると、中国は再び分裂し「三国志」で有名な戦乱の時代になりました。
中国の歴史は、一言で表わすと「分裂と統一」の歴史です。また、それは即ち、漢民族と周辺民族の侵略と和解の歴史でもあります。さらに、仏教をはじめとしてインドや西域からの文化を受け入れながら絶えず発展を続けたのが中国文明の大きな特徴だと言えるでしょう。
そして、いわゆる魏晋南北朝という分裂の時代を統一したのは、隋、そして唐でした。
唐の都長安は、日本から遣唐使が送られたように、様々な国や民族が入り乱れた国際都市だったと言われています。また、書や詩文など文人による文化が大いに花開き、その華やかな貴族文化は、日本をはじめ多くの国々に影響を与えました。

分裂と統一、そして世界帝国へ

唐が衰えると、再び分裂の時代に陥りましたが、宋が再び統一すると、隋で始まった官僚登用試験「科挙」によって中央集権的で高度な官僚国家を打ち立てました。また、庶民文化も大いに花開きました。
その後、モンゴル族や満州族などの異民族も勢力を増し、中国の王朝は、宋・元・明・清と変遷しました。
「チャイナ服」や「辮髪」等で知られる、「伝統的な中国文化」と認識されているのは、満州族の国家である清の時代の文化で、漢民族固有の文化ではありませんが、康熙帝・雍正帝・乾隆帝の三代の平和な時代のもとで、中国古代文明はクライマックスを迎えるのです。

清朝末期の「アヘン戦争」以後、中国は、西洋諸国や日本による侵略を受け続けることになります。
辛亥革命で孫文が建国した中華民国の時代を経て、戦後、毛沢東が中心となって現在の中華人民共和国が建国されました。
その後、文化大革命、改革開放政策、北京オリンピックの開催など、急速に独自の現代中国文明を発展させています。
(執筆中)

現代中国では、文化大革命で、宗教や迷信を徹底的に排除する政策が採られたこともあり、伝統文化が大きなダメージを受けたと言われています。
しかし、中国伝統文化に根差した中国伝統思想や文化は、現在でも衣食住や思想に大きな影響を与え続けており、再評価されています。
(執筆中)現代中国では、文化大革命で、宗教や迷信を徹底的に排除する政策が採られたこともあり、伝統文化が大きなダメージを受けたと言われています。
しかし、中国伝統文化に根差した中国伝統思想や文化は、現在でも衣食住や思想に大きな影響を与え続けており、再評価されています。
(執筆中)

中国伝統武術は、文化大革命で迫害を受け、大きなダメージを受けました。
しかし現在は、太極拳をはじめとする中国伝統武術は、現在再評価されるに至っており、太極拳は全世界に愛好家が広がっています。
太極拳や八卦掌は、独特な円や螺旋の動きが、あたかも龍の様であり、「龍の伝人」の文化そのものだと言って良いかもしれません。
(執筆中)

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