求道の精神と渡り鳥の心

 中国伝統武術を学ぶ心得の一つに、「良友を求める」ということがあります。

「どんなに決心を下し高い目標を打ち立てても、時には挫けそうになることもある。

 そんな時、共に支え合い切磋琢磨できる仲間がいれば、乗り越えられることもある。

 しかし、この“良友”とは、同じ志を持つ者でなければならない」

 この意味は、渡り鳥の心に似ています。

 渡り鳥たちは“種の保存”という同じ目的を持ち、暖かな生息地を目指して旅をします。

 何万キロも飛行をする渡り鳥たちは、長距離を飛んでも疲れにくい上昇気流の渦を生み出すV字の隊列を組んで飛行をします。

 そして、先頭を飛ぶ鳥が疲れたら仲間が交代して、また飛行を続けるのです。

 一羽一羽の“はばたき”が大きな力となって、目的を果たす為に前へ進むのです。

 しかし、たとえその中の一羽が力尽き海へ落ちていっても、群れ全体が共に海へ落ち助けに行くことはできません。

 その代わり、海へ落ちていった仲間の分まで、その仲間の“志し”の分まで、その翼に更に一層の力を込めて羽ばたいていくのです。

 伝統の知恵を学ぶ、それは求道の精神です。

 海へ落ちていく仲間を後に前進する渡り鳥は、どんな気持ちなのでしょうか?

 その先にある暖かな生息地にたどり着き、次の世代へ命を繋ぐこと。渡り鳥がずっとずっと渡り鳥でいる意味を繋ぐこと、そこに自分の全生命を懸けている、ということ。

 真理に突き動かされて羽ばたく渡り鳥と、求道の精神とは、まったく同じものだと私は思います。