月光と武館と先人の智慧

 2004年11月、陳項老師に太極拳を学び始めた頃、私の中国語の能力はまだ必要最低限の用事を済ませられる程度のものでした。

 元々内向的で、なかなか自分から周囲の人に話しかけることができない性格だったのですが、海外生活のある種特殊な孤独は、私を徐々に積極的な性格へと変えていきました。

 とにかく孤独なのです。中国語を理解できない私を武館の方たちはまるで子供のようにお世話をしてくれて、食べるものから日用品まで、事困ることは無かったのですが、自分の思いや感情を伝えられない、という状況は、まるで毎日「無声映画」をただ座席でずっと見ているだけような、そんな寂しい心境でした。

 「何でもいいから、一言でもいいから、自分の思いを表現したい」

 そう心から強く思った時、私は初めて、それは日本にいた頃からずっと強く願い続けていたことだと気がつきました。

 恐らく日本にいた頃は、たとえ内向的ではあっても、それはそれなりに表情や行動など、言葉とはまた別の形で自分を表現して周囲の人たちと交流ができていたのだろうと思います。しかしそれは共通の文化、共通の概念、共通の価値観があってこそ可能な交流方法であって、中国ではまったく通用しません。言葉を使って、一から体当たりし、一から学んでいかなければならなかったのです。

 私は毎日毎日、太極拳の練習以外の時間は、中国語の学習に費やしました。

 日本の先生にも殆ど電話をかけず、中国語の辞書と日常会話の本と、卢春先生が私のノートに書いてくれた沢山の中国語を、何度も何度も読み、復唱し、頭の中でシーンを想像し、イメージ・トレーニングを繰り返しました。

 もちろん専門的に中国語を習っている訳ではないので、学習方法も自己流で、短期間では効果は殆どありません。

 でも、とにかく猛勉強をしました。

 夜中になっても、翌日の太極拳の授業を考えると、またあの「先生の情熱的な説明がまったく理解できない」という状況が恐ろしくて、とても寝ている気分にはななれず、体力と精神力の限界まで中国語を勉強し、そして朝早く起きて、また中国語を勉強していました。

 しかし、その猛勉強の成果が現れ始めたのは半年以上も後のことで、中国へ来てまだ2ヶ月程しか経っていない当時は、いくら毎日必死に勉強しても、人間的な感情を表現できるようになるには程遠かったのです。

 毎日「聞き間違え」「言い間違え」「思い間違え」「し間違え」、時にはあからさまに面倒な顔をされ、情けなくて、惨めで、孤独で、疲れ果てて、部屋で泣いてしまうことも度々でした。

 しかし、太極拳を練習している時だけは、その孤独を忘れることができました。

 どうしても寂しくなった夜は、秀茜先生が貸してくださった武館の鍵を持って、真っ暗な武館に一人で入り、窓から零れる静かな月の光を浴びながら、たった一人の大切な太極拳との時間を過ごしました。

 武館の空気はいつも澄んでいて、先人達の残した伝統の智慧の結晶があちこちに鏤められていました。その“気場”に包まれると、私はいつも心の底から奮い立たされ、強くなれるのです。

 「私は、今を、生きている」

 その感覚は、幼い頃からずっと感じていた、自分自身の存在の希薄さを打ち破る、絶対的な確信でした。

つづく

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