
1962年-
程派第四代
河南省項城 生まれ。
字永徳
現在はアメリカ合衆国ニューヨーク市在住
国連本部武術教練
中国武術段位・九段
中華武術名家名校通鑑 中国武術名家の一人
幼少より武術を学び、張振業より十数年にわたり少林功夫の鉄布衫と八卦拳の武功を学ぶ。
武術の歩み
1962年、河南省項城市賈嶺鎮に生まれた。字は永徳。『少林与太極』に掲載された本人へのインタビューによると、武術の盛んな郷里で幼い頃から修練を重ね、15歳で張振業に師事し、少林八卦拳と鉄布衫を学んだ。
入門を願い出た際、張振業は、先に学んでいた弟子たちに年少の麻林城がついていけるかを案じた。麻林城は、兄弟子たちが学び終えた套路は自分も習得していると申し出た。その場で演武を見た張振業は喜び、弟子として迎えたという。
1982年には安徽省阜陽市の少林拳法武術館で館長・主教練を務め、1984年には河南省羅山の少林武術館の館長を務めた。その後も阜陽市臨泉県や郷里で武術を教えた。
青年時代、安徽省淮店地区で開かれた武術大会に出場した。『少林与太極』のインタビューでは、拳術で一等賞、刀術で二等賞を得たと語っている。その後、程派八卦掌創始者 程廷華の息子である程有信の関門弟子、許立坊に師事しその門をくぐった。
許立坊との出会い
1993年、北京の地壇公園で許立坊と出会った。インタビューで麻林城は、温厚な姿の許立坊に手合わせを申し出たところ、どのように攻めても逆に打たれ、それまで十数年鍛えてきた功夫が通じなかったと語っている。自分の未熟さを知る一方で、それほどの武術家に出会えた喜びを感じ、弟子入りを決意した。
許立坊はすぐには入門を認めなかった。それでも麻林城は毎朝早く公園へ通い、師を待ち続けた。その姿を見た周囲の人々の取りなしもあり、ようやく弟子として迎えられたという。
許立坊のもとで、八卦掌の拳理・功法・器械(武器)と程派家伝掌法を系統的に学んだ。長年にわたる修練を重ね、許立坊が晩年に伝えた游身連環掌の練功心法と技撃を受け継いだ。
基本功に立ち返る
入門後、最初に学んだのは、八卦掌の基本功である推碑樁であった。毎朝4時から公園で鍛え、筋肉や関節のつらさに、やめてしまおうと思うこともあった。しかし、これほどの師に巡り会うまでの苦労を思い返し、修練を続けた。
ある朝、推碑樁を続けるうちに心が静まり、時を忘れていた。練功を終えて仲間に朝食を食べたかと尋ねると、もう昼食の時間だと笑われた。この体験を、麻林城は樁功の精妙さを知った出来事として語っている。歩いている時にも拳理や拳法を考え、日々の暮らしの中で修練を深めていった。
愛好者に向けては、着実な基本功と掌法を土台に内功を修め、徳を学び、成果を急がないよう説いた。外形の美しさだけを追うのではなく、武術の内側にあるものを養うことを重んじた。
数十年にわたり武学を専門的に研究し、八卦掌を発揚するため、恩師や先輩の教えを受け継ぎ、八卦掌を広く伝えた。
大会での演武と武術交流
2006年、河南省鄭州で開かれた第2回世界伝統武術大会に出場した。国際武術連盟(IWUF)の公式成績表には、男子C組刀術で8.93点、男子C・D組八卦掌で8.71点を記録し、いずれも一等賞(Grade 1)を得たことが残っている。一等賞は複数の選手に授与される賞であり、ここでは順位1位や単独優勝とは区別する。
当会に保存する『鄭州晩報』2006年10月17日付記事の訳文は、大刀を手にした麻林城が会場に現れ、その演武に観客が大きな拍手を送った様子を伝えている。小柄な体格から繰り出す大刀は、身体の一部のように流れ、8.93点を得た。
高得点について記者に問われても、麻林城は冷静であった。得点そのものよりも、武術を通じて同じ道を歩む仲間と出会い、互いに学び、切磋琢磨することを望んでいると答えた。武をもって友と会う「以武会友」の姿勢がうかがえる。
当会に提供された略歴には、北京市及び全国の武術大会で八卦掌と器械の優勝9回、国際大会の八卦掌種目で連続5回の優勝を収めたと記されている。
教材・放送を通じた伝承
2003年3月、中国中央テレビ局(CCTV)の『天涯共此時』の八卦掌特集に出演した。同年10月2日には、中国政府の関連部門の招請を受け、『中国伝統文化―武術』の八卦掌を扱う番組制作にも携わった。これらの活動は、『少林与太極』のインタビューで本人が語っている。
提供略歴には、『中華武術展現工程』の百名拳師に選出され、人民体育音像出版社の『程式八卦掌』系列教材VCD全12巻に出演したとある。教材の一つ『八大母掌』には、麻林城の名を記した製品情報も残っている。
2007年には、CCTVの『武林大会』で八卦掌の普及と実戦技術の指導に携わった。当会に提供された略歴は、規則制定、審判員・教練の選抜、専門審査委員、訓練と搏撃技術の指導を担当し、中国大学生体育協会、中央テレビ局体育頻道、中視体育推広有限会社から同年の八卦掌最高貢献賞を授かったと伝えている。番組で審査や指導に当たる姿は、当会に保存する写真にも残っている。
長年にわたり武術の研究と教育に従事し、提供略歴には、複数の武術研究機構と武術学校で高級顧問や武術主任教練を務めたことが記されている。
提供略歴によれば、2008年7月、国家体育総局武術運動管理センター及び中国武術協会の審査決定により、『中国武術段位制技術教程』の編集専門組成員に任命され、国家体育総局武術研究院、中国武術協会により八卦掌の代表的人物と認められた。
師弟の間に伝わるもの
当会に保存する英国『金融時報』の2008年8月19日付記事の訳文には、朝の練功を終えた麻林城が、伝統武術の伝承について語る場面がある。競技の成績だけでは評価できない功夫があり、一人の師が生涯の力を注いで弟子に伝えるものを大切にした。
動作だけを覚えることと、功夫を身につけることの違いを、音階を学ぶことと一曲の音楽を奏でることにたとえた。武術を学ぶ者には実戦力が必要であると同時に、力任せの格闘に陥らず、道徳や伝統文化を含めて学ぶことを求めた。
八卦掌第五代重要継承者の一人。







麻林城老師の教え
中国留学記では、教材映像を手がかりに老師を訪ねた経緯を、「麻林城老師を探しに」から読むことができる。
参考資料・出典
本稿は、当会に提供された略歴と、当会旧公式サイトに保存する取材記事の日本語訳を基礎とし、大会成績はIWUFの公式記録と照合した。本人への取材で語られた修練の体験と、大会の記録は区別して記した。冒頭の段位・肩書は当会の紹介資料に基づく。
- 麻林城老師の提供略歴。当会旧公式サイト「麻林城老師のプロフィール」に掲載。CCTVでの役割・表彰、2008年の教材編集への任命、受賞歴の合計はこの資料による。
- 『少林与太極』2005年第1期(総第160期)「八卦掌 正統継承者 麻林城拳師取材記録」。当会旧公式サイト保存の日本語訳(翻訳:横山春光)。生い立ち、許立坊への入門、基本功、武術観、2003年の放送活動について参照した。
- 『鄭州晩報』2006年10月17日付。旧サイト掲載の日本語見出し「八卦継承者の大刀の技に観客席が沸く」(翻訳:横山春光)。大会での演武と交流を重視する姿勢について参照した。
- 英国『金融時報』2008年8月19日付として旧サイトに保存する「中国武術オリンピック正式種目への旅」(日本語見出し・翻訳:横山春光)。伝統武術の師弟関係と武術観について参照した。
- IWUF「第2回世界伝統武術大会・公式成績表」(2006年、PDF)。PDF通算164頁の男子C組刀術、121頁の男子C・D組八卦掌にある麻林城(Ma Lincheng)の成績を参照。
- 宋光華「第二届世界传统武术节首个一等奖昨日诞生」。『河南商報』2006年10月17日付、新浪掲載。一等賞が複数人に授与される大会制度について参照した。
- YESASIA『程式八卦掌系列 八大母掌』製品情報。麻林城、人民体育音像出版社、2VCDの表記を参照。
取材記事は保存した日本語訳を参照しており、今回、雑誌・新聞の原文全文を改めて照合したものではない。写真は当会撮影分及び老師から公式サイト用に提供を受けたものを掲載している。