八卦掌の持つ三つの価値

2007年北京にて、八卦掌第五代継承者(程派八卦掌第四代継承者)麻林城(ま りんじょう)老師からご教示いただいた八卦掌論です。

一、健康と養生の価値

私たちの健康は二種類に分けられます。一種は心の健康、もう一種は体の健康です。この二つが互いに関係していて、どちらかが欠けても本来の健康とは言えません。

八卦掌を練功するにはまず静功から始めます、心性の修行に努め、外は“五賊”を避け(“眼、耳、鼻、舌、身”五官をコントロールする)、内は“定慧”を修め、中庸の道を歩み、人の七情六欲を制することを求めます。

陰陽変化の法則を掌法の基礎とし、有左有右、有上有下、有内有外、有静有動、有急有緩、有剛有柔、有虚有実、すなわち「陰陽之道」なのです。

また手、眼、身、歩の変化を術とし、左右に旋回し、気は血液を通して全身をめぐり、筋骨を鍛え、短期間で人の大脳の働きを向上させ、精神を研ぎ澄まし身体の運動能力を向上させ、骨格や姿勢のゆがみを矯正し、筋肉や骨、関節痛などの病気を予防します。心身の健康とは即ち長寿の道なのです。

二、武術としての価値

中国伝統武功の魂とは、敵と生死を賭して渡り合うもので、決して現代の競技スポーツのようなものではありません。そして八卦掌とは敵と遭遇した瞬間に致命的な攻撃を与える高級な武術で、一種の新型の武功です。

これは八卦掌の特殊な練習の方法によるもので、決して剛から柔に至る、また柔から剛に至る、といった方法ではなく、また西洋的な格闘技の訓練とも異なります。進むべき道がはっきりとわからず、無意味な遠回りをしたのでは、水源のない水のように、単に自らの能力を短期間で消耗してしまうことになります。

八卦掌の武功の練習方法とは、人の体に本来宿っている元気を養い、精気を鍛え、人格を育て、同時に特殊な身法(滾、鑽、拧、翻、閃、吸、回、転、など)、歩法(趟泥歩、船歩、蛇行歩、無極游龍歩)を鍛錬します。

更に高度な掌法変化、独特な左右旋回の運動形式を加えれば、静より動を求め、動より静を求め、自らが動となれば敵の静を乱し、自らが静となれば相手の動きを制し、内外を高度に統一し、敵に遭遇した瞬間に全身の力を一点に集め敵を攻撃し命を奪う技となります。

故意に意識して敵に接するのではなく、あくまで自然に身体が反応し驚異的なパワーを発揮する、それが八卦掌の武功なのです。

三、芸術としての価値

八卦掌の八大掌法は、音楽でいう音符のようなものです。

表演の時には全ての掌法を思いのままに連続させ、時に速く時に緩やかに、高く低く、雄鷹が大空を自在に旋回するように、また燕が水面を軽く触れるように、青龍が柱の如く天に駆けのぼるように、また蛇の舌のように双掌をつきだし、大空や大地を流れる行雲流水のように、円を走り捻り翻り、双掌を上下に舞い、身を左右に翻り、千変万化します。

更に高いレベルにいたれば、世の中のいかなる舞踊も匹敵できないほどの美しい芸術性をもちます。

八卦掌とは健康や養生法、また護身や芸術性にも優れた中国で最も完成度の高い武学の流派なのです。その効果はいかなるスポーツ競技も超えることができません。そして中国思想の粋であり、中国人の貴重な文化遺産でもあります。近い将来、世界中でこの八卦掌が大きな発展をとげる事と私は信じています。

(訳:横山 春光)

この記事を書いた人

日本中国伝統功夫研究会の会長。八卦掌と太極拳と華佗五禽戯の講師。中国武術段位5段/HSK6級/中国留学歴6年(北京市・河南省)