陳式太極拳 第七代継承者

陳清萍

陳氏十五世

陳清萍(清平とも書く)は、陳家溝では陳有本に学んだと伝えられ、趙堡では張彦(張炎とも)に学んだと伝えられている。

学んだ套路にさらに手を加え、小さく引き締まった動きに少しずつ圏(円の動き)を加え、簡単なものから複雑なものへと段階を追って拳を高めていく練習の形を整えたとされる。

その拳架は、陳氏の小架の流れに属するといわれる。

陳清萍は趙堡鎮(陳家溝の東北五里)に住み、そこで太極拳を伝えた。陳家溝では、家が貧しく、趙堡鎮に婿入りしたと伝えられている。趙堡では、見つかった墓誌などから、父の代にすでに趙堡へ移り住んでいたとされる。

その後、武禹襄、和兆元、李景延(景炎)を輩出した。

武禹襄は後に武式太極拳を創始した。

和兆元は自身の太極拳を多くの弟子に伝え、後に、趙堡に伝わる太極拳の一つの系統である「和式太極拳」へと発展した。

李景延(景炎)の伝えた太極拳は、後に「忽雷架」と呼ばれるようになった。