みんな凄いし、みんな凄くない

私が30歳の頃、河南省鄭州市で中華武林百傑である卜文德老師のもとで卜氏八卦掌の修行をしていたのですが、同じ時期に「小路」(シャオ・ルー)と呼ばれていた元軍人の中国人と一緒に、毎日老師のご自宅の前で教えをいただいていました。

老師のご自宅が陳式太極拳第十九代継承者である陳正雷老師が設立した陳家溝太極拳館のすぐ近くだったということもあり、小路は中国武術の基本功を補う目的で、卜文德老師の許可を得て太極拳館に通っていました。

私も午前中は同じ武館に通っていたこともあり、休憩中に二人で話をしているとたまたま陳式太極拳の四天王の風格の違いの話になりました。

練習場所の隅に座り水筒の水を飲みながら「やれ陳小旺老師は何々だ、それ王西安老師は何々だ」と話していると、気がつくとそれを老師に聞かれていて、私たちの前に立ち見下ろした老師にこう注意されました。(卜文德老師は河南武術協会の総教練だった頃、陳式太極拳の人材を発掘する任務を受けて後に四天王と呼ばれる陳小旺、陳正雷、王西安、朱天才の四名を抜擢した功労者でもあります)

「よいか? 少なくない人々が陳正雷の功夫のことをとやかく言うじゃろう、そういう話はするもんじゃない」

「陳正雷が今の功夫を積むために、どれだけ練功したと思う? 功夫は正直じゃ、真面目に数限りない下積みを重ねて、長期に渡って弛まず錬磨した結果じゃ、だから陳正雷の功夫は凄いんじゃ」

それを聞いて、私も小路も未熟者にも関わらず評論していたことが恥ずかしくなって「はい、わかりました」と言うことしかできず、下を向いていると卜文德老師は続けて、こうおっしゃいました。

「しかし、みんな凄いし、みんな凄くない」

「練功して功夫を積んだものはみんな凄い、しかし人間は決して完璧にはなれない、だからみんな凄くないんじゃ」

「人のことをとやかく評論する暇があったら、しっかり練功しなさい、時間は有限なのだから」

卜文德老師は90歳を超えてなお現役で、亡くなる寸前まで毎日早朝と夕方に練功を続けた河南省を代表する伝統武術家でした。そのお言葉の一つ一つは今でも私の胸に生き続けています。

この記事を書いた人

日本中国伝統功夫研究会の会長。八卦掌と太極拳と華佗五禽戯の講師。中国武術段位5段/HSK6級/中国留学歴6年(北京市・河南省)

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