
1920年10月–2012年。
安徽省亳州市十八里鎮生まれ。
華佗五禽戯第五十七代継承者。
国家級無形文化遺産「華佗五禽戯」の代表性伝承人。
十五歳で当地の武術家・譚継林に師事し、十年間にわたって形意拳と華佗五禽戯を学んだ。
譚継林は、亳州に伝わる華佗五禽戯の第五十六代継承者である。
農業を営みながら武術の修練と研究を重ね、五禽戯の資料整理、著述、後進の指導に取り組んだ。
農村で重ねた修練
董文煥は五禽戯に加え、形意拳、八卦掌、太極拳などの拳術と、刀・槍・棍をはじめとする三十種類以上の器械を修練した。郷里の農村で農業を営みながら武術を学び続け、五禽戯の研究を深めた。
その技術は五禽戯だけにとどまらず、後年には形意拳や大槍、大刀、太極拳、太極剣でも大会に出場し、成績を残している。
村の子どもたちに武術を教える
董文煥の指導は、村で育つ子どもたちにも及んだ。
門下生の唐運華は、小学校一年生、八歳の時から、村に来た董文煥とその師弟・佟子山に武術を学んだと回想している。この武術の練習の場は八年間続き、唐運華は進学のために村を離れるまで教えを受けた。
練習の場を閉じる際、二人の師は、学んだものを手放さず、練習を続けるよう弟子たちに言い聞かせたという。董文煥にとって武術を伝えることは、身近な土地で人を育て、長く続けられる学びを授けることでもあった。〔唐運華「八卦情縁」〕
五禽戯を調べ、書き残す
董文煥は各流派に伝わる武術資料を集め、長年にわたって整理と研究を続けた。
『今日中国』の紹介によれば、1984年には伝統五禽戯の発掘・整理に着手し、2003年に著書『華佗五禽戯』を刊行した。動作とその要領を文字で示し、五禽戯を学ぶための資料としてまとめたものである。
自ら練習し、人に教えることに加え、伝わってきた内容を書き残す仕事にも取り組んだ。その活動は、五禽戯を次の世代へ受け渡すうえで重要な役割を果たした。
表演と指導を通じて国内外へ伝える
改革開放後は、弟子たちとともに華佗五禽戯の講習や表演を行った。夏季休暇を利用した短期講習、春節の表演、学術会議や武術大会への参加など、地域の人々への指導と、各地の武術関係者との交流を重ねた。
1986年には安徽省の老拳師を代表して徐州の全国武術観摩交流大会に参加。1987年には亳州で開かれた国際華佗学術研究会に十数名の学生を率い、五禽戯を表演した。
五禽戯以外でも、1995年の国際形意拳交流大会では老年組の五行拳で一等賞、形意大槍で三等賞を受賞。1997年の河南省周口地区の武術大会では、大刀で一等賞、太極拳・太極剣・伝統拳術でそれぞれ二等賞を受賞した。
中国国内や海外の愛好者に向けた五禽戯の表演は二百回以上に及び、フランス、ドイツ、日本など三十以上の国と地域から訪れた人々に紹介した。その教えは、弟子や愛好者を通じて海外にも広がった。
長年の活動は『安徽省武術人物伝』『中国民間武術家辞典』などに収録され、2002年には中国中央テレビ局による五禽戯の取材も受けた。
学んだものを惜しまず授ける
唐運華が2007年に董文煥を訪ねた時、八十歳を超えた老師は、電動バイクで亳州の市街地へ通い、五禽戯を教えていたという。
唐運華は五禽戯を学んだ後、八卦掌も学びたいと申し出た。老師は、八卦掌には武術の基礎が必要であるとしたうえで、唐運華の経験を認め、教えを授けた。さらに、八卦掌と形意拳の拳譜を取り出し、複写することも許した。
自分が身につけたものを出し惜しみせず、後に残したい。その姿勢が、弟子の回想から伝わってくる。〔唐運華「八卦情縁」〕
董文煥が育てた門下生のうち、何伝志、孫乾坤、田青華、石万英など三十数名が武術指導者として各地で活動した。
弟子の張睿は、董文煥への入門の条件は厳しかったと振り返っている。技の上達だけでなく、善良で正しく飾らない人柄や、人を助ける心、そして何より華佗五禽戯を愛し、伝統文化を伝えようとする気持ちが求められたという。張睿は長く練習を続けたのち、2007年に正式に入門した。
横山春光に伝えた「ずっと咲き続けなくていい」
横山春光は中国武術留学中、董文煥から「中国亳州華佗五禽戯健身養生館」日本支部の認証を受けるための試験に臨んだ。
その最後に老師が伝えたのは、花は咲く時が来たら咲き、枯れる時が来たら枯れればよい、ずっと咲き続ける必要はないという教えだった。
当時の横山には、その意味をすべて理解することはできなかった。それでも、老師の温かさは伝わり、いつかこの言葉を理解したいという思いが心に残った。
年月を経て、自分の若い頃の写真や映像を見返した時、横山はこの言葉を思い出した。成長し、花を咲かせ、やがて次の世代へつないでいく。その歩みを受け入れることが、自らの人生を大切にすることでもあると受け止めるようになった。
これは、老師から直接受け取った言葉を、横山が後年、自らの経験を通じて読み返したものである。武術留学で授かった教えは、技の修得とともに、その後の人生を支えるものとなった。
主な弟子
馬偉財、陳静など。