太極拳の生まれた村

太極拳発祥の地、中国河南省温県陳家溝。ここから全ての太極拳の源流である陳式太極拳が生まれました。
小さな農村ですが、子供からお年寄りまで、たくさんの人達が太極拳を鍛錬しています。また各家ごとに独自の伝承方法があるといわれており、各家ごとに少しずつその風格が異なります。
また、村内には太極拳の創始者である陳王廷(ちん おうてい)祖師を祀った記念館があり、貴重な歴史的資料や絵画を数多く展示しています。中国各地や海外からは太極拳愛好者が日々訪れ、そのルーツを辿っています。
私が留学し太極拳を学んだのは、この陳家溝が生んだ陳式太極拳四天王の一人である陳正雷老師が設立した、中国河南省鄭州市にある『陳家溝太極拳館』です。
そこでは、一般の太極拳愛好者から、専門に太極拳教練になる為の訓練を行う若者たち、また海外から太極拳を学びに来る外国人など、多くの拳友たちと共に学ぶ機会に恵まれました。そして、様々な教練の指導法を体験することで、私の太極拳人生は大変豊かなものになり、太極拳の将来に向けた可能性を知ることもできました。
太極拳の源流 陳式太極拳
陳式太極拳の特徴
陳式太極拳は後にいくつかの流派に分かれ、現代では陳式、楊式、呉式、武式、孫式という五大流派が存在します。それぞれ風格は異なりますが、太極拳の根本的な拳理はすべての流派に共通しています。
陳式太極拳の特徴は、一般的に普及している太極拳とは大きく異なり、ゆっくりとした柔らかな動きだけでなく、爆発的な発勁や、脚で強く地面を打ちつける震脚といった動作が特徴です。
20代半ばの頃、仕事のストレスで体調を壊したことをきっかけに太極拳を学び始めた私は、「そんなに激しい動きは自分には合わないのではないか」と不安に感じた時期もありましたが、雄大な黄河のほとりで生まれた陳式太極拳には、心身をリラックスさせる独自の方法があり、また螺旋運動によって全身のバランスを協調させていく動きは、身体の弱かった私にも非常に心地よく感じられました。
太極拳文化が根付く河南省

『陳家溝太極拳館』では、その土地に生きる人々の息づかいと、長い歴史が育んだ太極文化を日々感じることができました。
練習中だけでなく、普段の生活の中にある緊張と弛緩、運動と休息、開と合、息を吸い吐くといった動きを通じて、現地の人々から「心を穏やかに保つこと」「身体の陰陽のバランスを整えること」、そして「常に中庸であろうとすること」を学び、自然本来の生命活動のあり方を学びました。
「天人合一」(自然の本質そのものと一体となる)は、太極拳を含む中国伝統思想が目指す最高境地ですが、その境地は、何気ない日常生活の積み重ねによって目指していくものだということを知ったのです。
本当の自分に戻れる方法
痛みの正体
しかし、そんな素晴らしい太極拳の学びの日々も、初めの頃は困難の連続でした。
懐かしく思い出されるのは、学習初期の頃、なぜか時々体のあちこちが痛くなることがありました。筋肉痛とは明らかに違う痛みに不安を感じたのですが、これは長年の運動不足や体調不良で鈍くなった経絡の滞り(未病)が刺激されて生じた痛みだったそうです。
当時は「そんなことが起こり得るのか?」と半信半疑でしたが、練習を続けていくうちに痛みは徐々に和らぎ、それと共に太極拳の心地よさを感じるようになっていきました。
体からのサインに耳を傾ける
これも河南省で学んだことですが、中医学には「痛則不通、通則不痛」(気が滞れば痛み、通れば痛まず)という言葉があります。「痛い」という感覚は体からのサインです。大切なのは、そのサインを自分がどう受け取るかということです。
疲労しているのに体の症状を無視して仕事を続けていれば、いつしか痛みは麻痺して体はサインを送らなくなってしまいます。無理をして仕事をしていた頃の私の状態がそうでした。仕事のプレッシャーから、食べなくても寝なくても寒くても暑くても、何も感じなくなっていたのです。
陳式太極拳を学び始めてからは、普段の生活でもだんだん呼吸が整ってきて、長い時間緊張をしていても以前のように眩暈がするようなことはなくなりました。肌の血色もよくなり、外出するときもノーメイクで過ごしています。自分では気づかなかったのですが、身長が2センチ近くも伸びていました。
約400年前に中国河南省陳家溝で生まれた太極拳の理と実践法が、現代社会でも十分に活かせるのです。それが私の学んだ陳式太極拳です。