八卦掌の歴史
八卦掌とは、中国の著名な内家拳の一つであり、もとの名は「転掌」と呼ばれ、後に「八卦掌」「八卦転掌」「八卦游身連環掌」「八卦連環掌」と呼ばれるようになりました。
多くの転掌が八卦の方位に従っており、技法は歩法と共に縦横無尽に変化し、実戦においては相手の動きによって臨機応変に千変万化する《周易》の剛柔相済、八卦相蕩、運動不息、変化不止の道理を基礎にしたことから、後に「八卦掌」と呼ばれるようになりました。
この八卦掌は、清朝の河北省文安朱家務の董海川により創始されたと伝えられています。
道教の「転天尊」(走圏導引術)と、武術の攻防法を基本の運動形式として結びつけ、易の理論から武術の運動規則を採用し、「動を本」とし「変化を法」とする基本拳理を形成しました。
1874年、董海川が北京粛王府において八卦掌法を伝えたことから、急速に北京・天津・河北に広く伝わり、その後各地に広まり発展しました。
八卦掌の継承者
程派八卦掌の系譜
八卦掌開祖 董海川(とう かいせん)
八卦掌第二代継承者 程廷華(てい ていか)
八卦掌第三代継承者 程有信(てい ゆうしん)
八卦掌第四代継承者 許立坊(きょ りつぼう)
八卦掌第五代継承者 麻林城(ま りんじょう)
八卦掌の特徴
八卦掌は「站功」と「歩法」を基本功とし、「走圏」を基本運動の形式とし、「擺扣歩」「趟泥歩」を基本歩法とします。
拳のかわりに掌を使い勁を発し、拳で発することのできる勁の殆どを「掌法で」発揮するのが、この八卦掌の特徴です。
その掌型は龍爪手、牛舌掌に分けられます。
主な攻撃方法は、托、代、領、搬、扣、劈、進、提、拿、穿、点、などがあります。
また基本の掌法には「八大定勢掌」「八大母掌」「八卦六十四環掌」「八卦游身連環掌」などがあり、武器には「八卦鉞」または「子午鴛鴦鉞」「八卦刀」「八卦剣」「八卦槍」などがあります。
八卦掌の動きの要求は、順項提頂、松肩垂肘、暢胸実腹、立腰溜臀、縮胯合膝、十趾抓地などであり、修練の原則として滾鑽争裹,奇正相生、走転拧翻、身随歩走掌随身変、行走如龍、回転若猴、換勢似鷹、威猛如虎、避正撃斜、以曲刹直、以動擾静、以静刹動などが挙げられます。
養生と武術の双方の効果については、八卦掌の練法の本質がそれを決定しています。
途切れることのない左旋右転の動きの中で、人体の陰陽の平衡を保ち、全身の経絡の流れを促し、腰と腎を鍛え、人が本来宿す潜在エネルギーを引き出します。
内なるは心神を守り、精神を集中し、その浩然の気を養って病気を防ぎます。
八卦掌の走圏中、内側の脚は直進し外側の脚は内側へ入る独特な走行方法をとり、人体の各関節、特に膝関節また股関節内に真気を流し、心身を鍛練し、健康を保ち、長寿の効果を発揮することができます。
同時に護身術としても優れ、内外からの身体の危険を回避する優れた武術でもあります。
八卦掌を学び、修練を積むことにより、おのずと「明心見性、体用兼備」(心境を清浄にして、自らの本性を見い出し、内なる原理とその表現としての行動を兼ね備える)の境地に達することができるのです。
八卦掌の持つ三つの価値
[資料提供] 八卦掌第五代継承者 麻林城老師
一、健康と養生の価値
私たちの健康は二種類に分けられます。一種は心の健康、もう一種は体の健康です。この二つが互いに関係していて、どちらかが欠けても本来の健康とは言えません。
八卦掌を練功するにはまず静功から始めます、心性の修行に努め、外は“五賊”を避け(“眼、耳、鼻、舌、身”五官をコントロールする)、内は“定慧”を修め、中庸の道を歩み、人の七情六欲を制することを求めます。
陰陽変化の法則を掌法の基礎とし、有左有右、有上有下、有内有外、有静有動、有急有緩、有剛有柔、有虚有実、すなわち「陰陽之道」なのです。
また手、眼、身、歩の変化を術とし、左右に旋回し、気は血液を通して全身をめぐり、筋骨を鍛え、短期間で人の大脳の働きを向上させ、精神を研ぎ澄まし身体の運動能力を向上させ、骨格や姿勢のゆがみを矯正し、筋肉や骨、関節痛などの病気を予防します。心身の健康とは即ち長寿の道なのです。
二、武術としての価値
中国伝統武功の魂とは、敵と生死を賭して渡り合うもので、決して現代の競技スポーツのようなものではありません。そして八卦掌とは敵と遭遇した瞬間に致命的な攻撃を与える高級な武術で、一種の新型の武功です。
これは八卦掌の特殊な練習の方法によるもので、決して剛から柔に至る、また柔から剛に至る、といった方法ではなく、また西洋的な格闘技の訓練とも異なります。進むべき道がはっきりとわからず、無意味な遠回りをしたのでは、水源のない水のように、単に自らの能力を短期間で消耗してしまうことになります。
八卦掌の武功の練習方法とは、人の体に本来宿っている元気を養い、精気を鍛え、人格を育て、同時に特殊な身法(滾、鑽、拧、翻、閃、吸、回、転、など)、歩法(趟泥歩、船歩、蛇行歩、無極游龍歩)を鍛錬します。
更に高度な掌法変化、独特な左右旋回の運動形式を加えれば、静より動を求め、動より静を求め、自らが動となれば敵の静を乱し、自らが静となれば相手の動きを制し、内外を高度に統一し、敵に遭遇した瞬間に全身の力を一点に集め敵を攻撃し命を奪う技となります。
故意に意識して敵に接するのではなく、あくまで自然に身体が反応し驚異的なパワーを発揮する、それが八卦掌の武功なのです。
三、芸術としての価値
八卦掌の八大掌法は、音楽でいう音符のようなものです。
表演の時には全ての掌法を思いのままに連続させ、時に速く時に緩やかに、高く低く、雄鷹が大空を自在に旋回するように、また燕が水面を軽く触れるように、青龍が柱の如く天に駆けのぼるように、また蛇の舌のように双掌をつきだし、大空や大地を流れる行雲流水のように、円を走り捻り翻り、双掌を上下に舞い、身を左右に翻り、千変万化します。
更に高いレベルにいたれば、世の中のいかなる舞踊も匹敵できないほどの美しい芸術性をもちます。
2007年 冬 北京
麻林城
八卦掌の修練方法
一、学習の目的を正す
異なった学習の“目的”が、異なった“結果”を生みます。長い練功の日々に耐える決心と忍耐力が必要です。また、真伝の秘伝を得るには、師を尊う心を持つ事が非常に大切です。
二、理を明らかにする
程派八卦掌とは、その他の掌法と「何が違うのか」を知る事が大切です。つまり程派掌の優れた特徴はどこにあるのか、妙技はどこにあるのか、という事です。
三、基本功
周知のように、いかなる流派の武功を練習するにも、基本功を鍛練することはとても重要です。