「五趾抓地」の誤訳について

太極拳「五趾抓地」の誤訳について

八卦掌修行時代に、北京市大興区の大興公園にて、八卦掌第五代継承者(程派八卦掌第四代継承者)麻林城(ま りんじょう)老師より教えをいただいた内容です。

私が26歳で陳式太極拳教室に通い始めたばかりの頃、とある先輩に太極拳の歩法について「五本の足の指で地面を掴むように歩く」と教わりました。これは、中国武術でよく言われる「五趾抓地(ウウ ジィ ジュア ディ、ごしそうち)」のことを説明したものでした。

手の指を使って空中を掴む説明とその動作が鮮明に脳裏に焼き付いて、なかなか離れませんでした。

その後、中国に渡った後も「薄氷の上を歩くように」「湧泉穴を空にして歩く」「何も考えずに自然に歩く」など、様々な指導を受けました。

結論から言うと「五趾抓地」の本当の意味は、上の図のように実際に足の指で地面を掴む動作で歩くのではありません。

麻林城老師が仰るには「現代中国人でも五趾抓地という文字だけを見て解釈をすれば勘違いするだろう。実際に誤って理解している愛好者は少なくないし、また勘違いはしていなくとも正しく理解している愛好者は多くない。ましてや海外で翻訳されていれば真の意味で伝わらなくても責めることはできない。誤訳は世界中のどこにでも存在しているし、珍しいことではない」ということでした。

誤訳を防ぐために、日本のとある伝統芸能の世界で「習得するまで師は弟子にメモを取ることを許さない」という厳しい伝承法があることを聞いたことがあります。

話を戻すと「五趾抓地」の正しい要求は、足の裏全体が完全に放鬆(ファンソン)した状態で着地する、抓地の意味は骨や筋肉で掴むのではなく「気」で掴む、ということです。

この教えをいただいたとき、私の中国武術学習歴は既に10年を超えていたのですが、初めて心から納得できた気持ちになりました。

「足の裏がひとたび地面に着地したら、それは完璧な位置であるべきだし、また如何様にでも変化できる自由な状態でなければならない。もし五趾(五指)の骨と筋肉が地面を掴んでいたら、それは即ち力んでいるという状態で、その影響は全身に及び、放鬆(ファンソン)することはできない。つまり不自由な状態である」

「気」で地面を掴むには、まず「意識」で掴めるようにならなければなりません。

正しい方法で正しく意識を運用して、気という境地に導かれていく。このことを学習初期の段階で知っていれば、もっと短い時間で上達できていたかもしれません。

まさに、道元禅師の「正師を得ざれば学ばざるに如かず」であり、学ぶにはまず学ぶ方法を考えなければならない、と痛感した教えです。

この記事を書いた人

日本中国伝統功夫研究会の会長。八卦掌と太極拳と華佗五禽戯の講師。中国武術段位5段/HSK6級/中国留学歴6年(北京市・河南省)

目次