八卦掌開祖
董海川(とうかいせん)祖師
1796年‐1882年
清嘉慶元年、河北省文安県朱家務 生まれ。
幼少より武術を学び、青年時代にはすでに高い武功を持っており、各地の高名な師を訪ね有名な山や川を渡り中国全土を旅した。
董海川は師を求める旅の途中で、江蘇と安徽の間の深山の密林の中で、異人に遭遇し卓越した武功を授かったと伝えられている。
そ
の後、苦練を重ね、道教の「転天尊」(走圏導引術)と、武術の攻防法を基本の運動形式として結びつけ、易の理論から武術の運動規則を採用し「動を本」とし「変化を法」とする独創的な基本拳理を形成した。
これが後に「八卦掌」「八卦転掌」「八卦游身連環掌」「八卦連環掌」と呼ばれるようになった。
修練を終え山を下りた董海川は清朝の睿王府に長年勤めることとなったが、の高い功夫を他人に見せることはなかった。
ある深夜、練功を行っている姿をうっかり王府の管理人の全凱亭に発見されると、それを耳にした王府院を警備する総主任の沙回回が董海川に腕試しを申し出たが、まったく手も足もでなかった。
奥深く計り知れない高い武功を知った沙回回は、その後董海川に師事し八卦掌を学ぶこととなった。
それ以降、八卦掌は広く世に知れ渡り、各門・各派と数えきれないほどの武術の達人が董海川の元に腕試しに訪れたが、誰一人として勝つ者はいなかった。
その強さは清朝末期に北京城の武術界に八卦掌の名を刻み込むこととなり、形意拳・太極拳と並び、中国の三大内家功夫の一つとなった。
【有名な弟子】
程廷華、尹福、梁振甫、劉風春、宋永年、魏吉、馬維祺、史立卿、樊鳳勇、など。