2005年1月。
中国に渡って初めてのお正月。中国の年越しは旧正月(春節)なので、武館は12月31日も1月1日も通常どおり学生で賑わっていました。
日本にいた時は、18歳で上京してからずっと自称「年末病」(年末に会社が休みになって周囲の人が実家へ帰ってしまうと酷く落ち込んでしまう病)になっていたので、中国の旧暦の習慣はとても助かりました。大晦日は、中国語の先生をしてもらっていた小钱に、中国語学習の一環として買い物や料理を教えてもらっているうちに、気がついたら年を越していました。
「お正月なのに、いつもと同じ朝が来る!」というのが新鮮やら嬉しいやらで、朝っぱらからウキウキしながら珍しく元気に武館で練習していると、外から大勢の人の声がして、台湾から来たらしい太極拳学習団の人たちが、ワイワイと武館に入って来ました。
陳項老師と事務所の人たちの様子が普段と違うので(どうしたのかな?)と思っていると、な、なんと続いて馮志強老師がお越しになりました。
私が滞在していた『北京・志強武館』の創立者である陳式太極拳第十八代継承者、また陳式心意混元太極拳の創始者でもある馮志強老師ですが、武館にいらっしゃることは少なく、私が北京へ渡ってからの4か月の間にも、10回ほどしかお目にかかることはありませんでした。
しかし、馮老師は私を見かけると、
「横山(ホン シャン),好好练!(がんばって練習しなさい)」
「小女孩儿(小さな女の子),很能坚持!(辛抱強い)」
と優しい声をかけてくださり、いつも励ましてくださいました。
私は当時、すでに28歳で小女孩儿ではなかったので「28歳です」とお伝えしていたのですが(たいていの日本人は中国では幼く見られる)、それでも馮老師は「うーむ、でもやはり横山は小女孩儿だ」とおっしゃって、「太極拳をよく練習すれば大きくなれる!」と言ってくださいました。
その日も、遠くから訪れた学習団の人たちは、馮老師にお会いできたことが嬉しくてたまらないといった様子で、馮老師の一言一句も聞き逃すまいと、真剣な眼差しで講義を受けていました。
1時間ほど経って休憩時間に入ると、馮老師は学習団からのお土産のコーヒーを召し上がっていました。私は武館の隅っこで見学していたのですが、突然、馮老師が鋭い眼光で私の方を見ると、カップを手にしたまま私をロックオンし、ゆっくりと歩きながら近づいて来られました。
「ひょ、ひょ、ひょ、馮老師がこっちへ来る。ど、ど、ど、どうしたんだろう? 私、なにか失礼なことをしたんだろうか? え! ここ? もしかして、ここに座ってるのがいけなかったの? あああ、どうしよう」
馮老師がまだ私よりずいぶん距離のある場所にいらっしゃる時点で、私は蛇に睨まれた蛙どころの話ではなく、ライオンに睨まれた生まれたての小鹿のように、立ったり座ったりキョロキョロしたりして、オロオロ狼狽していました。依然として鋭い眼光のままの馮老師は、厳しい表情で私の方へ向かって歩いて来られます。
中国に来て失敗続きだった私は、
「あああ、きっと私は何か過失を犯したのだ、馮老師は私を叱るためにこちらに歩いてこられるのだ、これはもう素直に叱られよう」
と覚悟を決め、直立不動で馮老師が何かおっしゃるのを待っていました。私の目の前まで歩いて来られた馮老師は、相変わらず鋭い眼光のまま、ゆっくりと右手に持たれていたカップから一口コーヒーを飲まれると、突然、左手の親指を立てて「good !」のサインをして、とても流暢な日本語で、
「美味しい!」
とおっしゃいました。そして私にもコーヒーを飲むように遠くのポットを指差すと、変わらぬ表情のまま、またゆっくりと歩きながら学習団の所へ戻って行かれました。
ヘナヘナとその場にあった椅子に座り込んでしまった私は、すぐに、いつもの馮老師のユーモアであったことに気がつきました。
初めて馮老師にお会いしたのは、留学の前の年、2003年の秋のことでした。地壇公園で、私はこんな光景を見ました。元気のない人がいると、馮老師はそっとそばへ行ってツボをゴリゴリと押し、「ギャー!」と悲鳴を上げさせて、すっきりした笑顔にさせてしまいました。気功の練習中に場が張り詰めてくると、近くにいるカラスの声を真似て、一気に全体の雰囲気を和らげてしまいました。
それは、ただユーモアがお好きだというだけではないように、私には見えました。太極拳を練習している場では、意念を使いすぎる「意念過度」の状態が起こりやすいのですが、馮老師はそれを、ほんのひと押し、ひと声で緩めてしまわれるのです。長い時間大笑いするわけではありませんでした。心地よい緊張と弛緩が繰り返されて、場が温かくなっていきました。
武館の皆さんは、馮老師のことをよく「細心」と「幽默」という言葉で話していました。「細心(シー シン)」はきめ細やかな心遣いができるという意味で、「幽默(ヨウ モォ)」はユーモアという意味です。
馮老師の身内の方々は「食事会では馮老師の椅子はなかなか温まらない」と言っていました。バラバラに集まることが多い中国で、馮老師は最後の一人が到着するまで、何度も何度も席を立って入り口まで見に行こうとしていました。私も食事会に招いていただいたときに目撃しましたが、家族が繰り返し馮老師を席に座らせて食事をするように勧めても、「事務員の〇〇が来ていない、まだ仕事をしているのか? 身体に悪いからやめさせて連れてこよう」と言って、何度も立ち上がっては周囲に座らされていました。
後日談
馮老師に「太極拳をよく練習すれば大きくなれる!」と言われてから数年後、身長が2cm近く伸びました。
初出 2010年7月
つづく