REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

震える足

北京の冬

2005年1月10日の早朝4時30分、私はいつもより早起きをして、ビザの更新をするための帰国の準備をしていました。

これが渡中後、初めての帰国でした。

そして、私の心は不安と戸惑いで一杯でした。

日本に帰るのが怖くて怖くてたまらないのです。日本は、私にとって安心して帰れる場所ではありませんでした。

日本に帰れば、もう二度と中国へ戻れなくなるのではないか。北京で頑張ったこの4か月が、あっという間に消えてしまうのではないか。そうなったら何も抵抗するすべを持っていない、と知っていた私は、まるでこれから悪い夢でも見に行くように荷造りをしていました。

日本で連絡を取れる人はほとんどいませんでしたし、もし電話をかけられるような相手がいたとしても、いまの自分のことをどう話していいかわからないと思いました。

北京空港へ向かうタクシーの中で、私は、帰りたくない……、とばかり思っていました。

タクシーは予定時刻きっかりに北京空港に着き、そわそわしながら搭乗時間まで空港で過ごして、1月の北京の凍える寒さのボーディング・ブリッジを通過して北京発の飛行機に乗り込むと、私の心とは無関係のように順調なフライトで、搭乗してから約3時間で、あっけなく成田空港に着陸しました。

空港から都内へ向かうために乗り込んだリムジンバスの窓から外を見ると、4か月ぶりの東京の景色はとても繊細で柔らかで、ビルの輪郭は細く控えめ、街の色彩は淡く洗練されていて、清浄な空気と微笑を絶やさない人々が話す日本語は、東京から約2100km離れた北京をより恋しく感じさせました。

「つらい……」

久しぶりに帰ってきた東京の街で、私は一人ぼっちだと感じていました。帰国したら食べるのを楽しみにしていた大好物の天婦羅うどんも、まったく美味しく感じません。

北京にいたときは、どんな逆境だって自然に底力が湧いてきて乗り越えられたのに、東京に帰ってくると、足元から力が抜け出ていくようでした。

(中国で一生暮らしたい)

このまま中国のどこかで、ずっと暮らしていけないだろうか。

その時の私は本気でそう思っていました。

初出 2010年7月

つづく