水を求めて市内を彷徨う

北京朝暘区の街角

翌日、中国へ渡って一日目の朝。「とりあえず初日はゆっくり休みなさい」という志強武館の事務所の方からのご配慮で、私は長期滞在することになっている付近の賓館(ホテル)で待機していました。

ところが、部屋の中の私はまさにパニック状態!

外国で一人ぼっちという緊張のせいなのか、何度もスーツケースを開けてパスポートや財布などの貴重品を確かめる行動が止まらなくなり、気がつくと2時間近く同じ行動を繰り返していました。他にも脱いだばかりの上着が見つからなくなったり、パスポートを手に取りながら「これは大事なパスポートです」と声に出して自分に言い聞かせないとそれがパスポートだと認識できなくなったり、とにかく今までになったことのない状態に陥り、これはまずいと思ったので、日本から持ってきたお茶を淹れて飲むことにしました。

しかし、その旅館には飲水器(ウォーターサーバー)が設置されていなかったので、お茶を飲むには部屋に置いてあったポットで水道水を沸かして飲料水にしなければなりません。仕方なくポットの中を覗いてみると、白い石化した物体が大量にこびりついていました。その正体が分からず恐れおののいた私は、仕方なく外にミネラルウォーターを買いに行くことにしました。(北京の水は石灰分が多いのです、因みに当時2004年頃の中国の加湿器は蒸気でなく冷水散布型の物が殆どで、知らずに一晩稼動しっぱなしで寝てしまった夜は、次の朝テレビや家具が白い粉だらけになって咳が止まらなくなったことがありました)

「確か路上にはたくさんの小売部(売店)があって、そこに礦泉水(ミネラルウォーター)が売っているはずだ!」

パニックが裏返ったのか私は何故か大いなる確信を持って部屋を出ることを決意し、北京市街へ繰り出しました。

外へ出てずんずん歩き進めると、さっそく路地に一件目の小売部を発見しました。

私は店員さんに向かって勇気を振り絞り、

「我要一瓶矿泉水!」(ウォ ヤオ イー ピン クゥァン チュェン シュイ!)

と大きな声で話しかけました。

ところが、両替をきちんとしていなかった私は一番大きい紙幣のピンク色の100元札(中国のお札の肖像は全て色違いの毛沢東)しか持っておらず、どの小売部に行っても、1瓶1元の水を売るのにお釣りを99元も用意しないといけないので面倒がられて断られました。

しかしそれは後からわかったことで、その時の私はどうして水を売ってもらえないのか理由がわからず、

(発音かな? 発音が悪いのかな? 「クゥァン」の発音が怪しいのかもしれない、よし「クゥァン」に注意して、次の店では必ず……、クゥァン、クゥァ~ン!)

と、見当外れな努力を3時間近く続けて彷徨い歩いた挙句、結局どのお店でも水は売ってもらえず、喉はカラカラ、足はフラフラの状態で惨めに旅館に戻りました。

~後日談~
その日、私が武館の事務所の方々に無断でホテルの部屋を3時間も不在にしたことが『日本人留学生の行方不明騒ぎ』に発展してしまっていたらしく、それから3か月間、私は武館とホテル以外は外出禁止になってしまいました。
結局ミネラルウォーターはホテルのフロントに売っていて彷徨う必要なんて全くなく、おまけに歩いてすぐそばの武館にも備え付けのウォーターサーバーが設置してあり、水は飲み放題だったのです。
いついかなる状況でも平常心が大切だ!と思い知らされた、北京の第一日目でした。

初出 2009年3月

つづく

この記事を書いた人

日本中国伝統功夫研究会の会長。八卦掌と太極拳と華佗五禽戯の講師。中国武術段位5段/HSK6級/中国留学歴6年(北京市・河南省)

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