2004年9月21日。
北京に着いた翌朝です。「とりあえず初日はゆっくり休みなさい」という志強武館の事務所の方のご配慮で、私は長期滞在することになっている付近の宾馆(ビングァン=旅館)で待機していました。
ところが、部屋の中で、私は落ち着いていられませんでした。
外国で一人ぼっちという緊張のせいか、何度もスーツケースを開けてパスポートや財布などの貴重品を確かめる行動が止まらなくなり、気がつくと2時間近く同じことを繰り返していました。ほかにも、脱いだばかりの上着が見つからなくなったり、パスポートを手に取りながら「これは大事なパスポートです」と声に出して自分に言い聞かせないと、それがパスポートだと認識できなくなったり。とにかく今までになったことのない状態で、これはまずいと思ったので、日本から持ってきたお茶を淹れて飲むことにしました。
しかし、その旅館には飲水器(ウォーターサーバー)がなかったので、お茶を飲むには、部屋に置いてあったポットで水道水を沸かして飲料水にしなければなりません。仕方なくポットの中を覗いてみると、白い石のような物体が大量にこびりついていました。その正体が分からず恐れおののいた私は、外にミネラルウォーターを買いに行くことにしました。(北京の水は石灰分が多いのです。ちなみに当時2004年頃の中国の加湿器は、蒸気ではなく冷水を散布する型のものがほとんどで、知らずに一晩つけっぱなしで寝てしまった夜は、次の朝、テレビや家具が白い粉だらけになって、咳が止まらなくなったことがありました)
「確か路上にはたくさんの小売部(売店)があって、そこに礦泉水(ミネラルウォーター)が売っているはずだ!」
なぜか私は大いなる確信を持って部屋を出ることを決意し、北京市街へ繰り出しました。

外へ出てずんずん歩き進めると、さっそく路地に一軒目の小売部を発見しました。
私は店員さんに向かって勇気を振り絞り、
「我要一瓶矿泉水!」(ウォ ヤオ イー ピン クゥァン チュェン シュイ!)
と大きな声で話しかけました。
ところが、両替をきちんとしていなかった私は、一番大きい紙幣のピンク色の100元札(中国のお札の肖像は全て色違いの毛沢東)しか持っていませんでした。どの小売部に行っても、1瓶1元の水を売るのにお釣りを99元も用意しないといけないので、面倒がられて断られたのです。
しかし、それは後からわかったことで、その時の私は、どうして水を売ってもらえないのか理由がわからず、
(発音かな? 発音が悪いのかな? 「クゥァン」の発音が怪しいのかもしれない、よし「クゥァン」に注意して、次の店では必ず……、クゥァン、クゥァ~ン!)
と、見当外れな努力を3時間近く続けて彷徨い歩いた挙句、結局どのお店でも水は売ってもらえず、喉はカラカラ、足はフラフラの状態で旅館に戻りました。
後日談
その日、私が3時間も部屋を空けたことが『日本人留学生の行方不明騒ぎ』に発展してしまっていたらしく、それからは一人で出歩かないよう強く言われ、用事があるときは事務所の方が付き添ってくださることになりました。
結局ミネラルウォーターは旅館のフロントに売っていて彷徨う必要なんて全くなく、おまけに歩いてすぐそばの武館にも備え付けのウォーターサーバーがあり、水は飲み放題だったのです。
初出 2009年3月
つづく