忘れもしない2004年9月20日午後3時、成田空港から北京空港へ向かう飛行機は、予定より1時間遅れで飛び立ちました。
当時私は28歳。生まれて初めての単独出国、それも中国、さらには太極拳を学ぶための長期留学です。
シートに沈んで窓の外を見ていると、滑走路の白い線がだんだん速く流れていき、やがて機体が浮きました。私はそこで、ふーっと長く息を吐きました。
と、ここまで書くと立派な旅立ちのようですが、肝心の準備は、ほとんどしていませんでした。
そもそもこの時の私は、中国のことを「太極拳の発祥地ですよね!」くらいにしか知りませんでした。トイレにドアがないことも知らず(都市部にはあります)、ドアがあっても鍵が付いていないことも知らず(都市部では鍵は付いています)、鍵があっても閉めないことも知らず(人によります。防犯上、閉めない方が安全だという理由もあります)、本当に何も知らないまま、のん気に飛行機で運ばれていました。
「もうやると決めたのだから、何があってもやるのだから、下調べをして問題が出てきたって、どうせ決心は変わらない」
→「だから下調べはしない」
→「そんな時間があったら、これから出会う未知のものに心を弾ませていたい」
18歳で上京した時とまったく同じ調子で、私は飛行機に乗り込んでいたのです。
かろうじて準備していたものは、
- 出発直前までに必死に頭に詰め込んだ、スーパーイージー中国語
- 携帯用の日中辞書
- 首から提げた自作のミニノート(ありったけの必要そうな中国語と、思いつく限りの緊急連絡先を記入)

あとは着替えやら、中国の老師方へのお土産やら、鮎の真空パック(非常食)やらです。
出発前日まで「ポカン」としたまま、これからやろうとしている一大事に、実感が湧いていませんでした。
(何だかもうちょっと、ちゃんと準備するべきだったかなぁ)
飛行機が一定の高度を保って機内の緊張が緩んでくると、さすがにそんな考えが頭をよぎりましたが、もう引き返すこともできません。まな板の上の鯉のような気分で行儀よくシートに座り、客室乗務員さんが運んできてくれる食事を順番に食べたり、アップルジュースを飲んだりしながら、機内での4時間を過ごしました。
後日談
私は極度の高所恐怖症で、飛行機に乗るのは離陸した瞬間に発狂するんじゃないかと思うくらい苦手なのですが、この日はまったく恐怖を感じていませんでした。
初出 2009年2月
つづく