2004年10月下旬。
「如果你愿意,下星期六可以到公园吧。咱们一块练功」
(もし君がよければ、土曜日に公園に来るといい。私の仲間たちと一緒に練習をしよう)
いつものように武館の授業を終え、帰り支度のために靴を履き替えている時、陳項老師は私にそう声をかけてくださいました。
(公園? なんのことだろう? どうやって行くんだろう?)
方向音痴の私は、せっかくの陳項老師のご好意を喜ぶべき瞬間に、「どうやって公園にたどり着けるだろうか?」という心配をしていました。
待ち合わせの時間や公園までの行き方、それから緊急連絡先などを陳項老師に質問しながら手元のノートに控えているうちに、時間差で嬉しさと興奮が込み上げてきた私は、メモを取り終える頃になってやっと、「老师,谢谢! 我想去!」(老師、ありがとうございます! 私はとても行きたいです!)という言葉が出てきました。
老師のご自宅近くの公園練習に誘っていただけるのは、とても名誉なことだと聞いていました。(こんなに早く老師のプライベートな練習会へ参加できるなんて、なんて光栄なことなんだろう!)と感無量になり、(そのことも嬉しいけど、やっとここを出て外の街に出かけられる!)というワクワク感も相まって、約束の土曜日までの数日間、私は狭い旅館の中をウロウロウロウロと、まるで動物園の檻の中の動物のように歩き回って過ごしました。
そして約束の日、最寄りの地下鉄の出口で待ち合わせの時間が来るのを待っていると、公園を囲む柵沿いに、陳項老師とお弟子さんのアメリカ人(マイケルさん)が歩いてきました。
私はまだ中国語がそんなに聞き取れなかったので、お二人が何を話しているのかわからなかったのですが、陳項老師とマイケルさんと一緒に公園の中をゆっくり歩いていると、ただそれだけで楽しくて嬉しくて、自然に笑顔になっていました。

少し歩いてたどり着いた場所は、木立に囲まれた静かな空間で、明らかにほかの場所とは雰囲気が違いました(中国の公園内には、どこもいくつかの練功スポットがあります。毎日ほうきで落ち葉やチリを掃いている練功者もいて、聖域のような凛とした空気が漂っています)。
その日から私は、毎週土曜日に、陳項老師と数人の仲間たちと一緒に公園で太極拳の練習を行うようになりました。
公園にいる時の陳項老師は、武館にいる時よりほんの少しリラックスしているように見えました。土を踏んで、たくさんの樹々と共に呼吸をするのが気持ちよいのだと思いました。
すっかり公園での練習が気に入ってしまった私は、毎回練習に来ているマイケルさんの中国語も少しずつ聞き取れるようになり、スランプもいつの間にか忘れかけていました。
ある日、陳項老師は公園に刀を持って来られました。
それは太極刀で、武館に置いてあるものより大きくて重そうだったので、(私物なのかな?)と思いました。
陳項老師はマイケルさんと短く言葉を交わした後、少し広い場所に移動され、いつものように静かに「降気洗臓功」を行った後、陳式心意混元太極刀の套路を始められました。
私は、ただ何気なく見ていました。
短く刈られた頭で、飾らない服装で、いつも笑みを湛えていて、深い声を持つ陳項老師が、太極刀を空気に滑らせていくのを、私はただ見ていました。
そして、その時、背景が消えました。
見えているのに見えない、聞こえているのに聞こえない、動いているのに動いていない、そこにあるのに、ない。
それは、私がずっと先に、いつか中国で体験するのだろうとぼんやり思っていた「天人合一」でした。
私は、ただ、ただ、「ああ」という声にならない音を漏らしながら、なぜか涙が流れるのに、歓喜の笑顔が抑えきれませんでした。
そして、痺れるような感動を全身に受けながら、ふと感じました。
「この動きは何だろう? 太極拳とは少し違うような気がする」
空中を滑るような刀、水中を泳ぐ魚のような滑らかな身法、無重力を思わせるような空間と、その中で展開される運動法則と自由の躍動。
その時は、それが何なのかわかりませんでした。
初出 2010年5月
つづく