飛行機は予定到着時刻より一時間遅れて北京空港へ到着しました。
当時、痩せっぽちでもやしの様にひょろひょろだった私が、スーツケースをヨロヨロと転がしながら到着ロビーから出てくると、出迎えに来てくださっていたのは北京の受け入れ先の『北京・志強武館』の創立者である馮志強(ひょう しきょう)老師(陳式心意混元太極拳創始者)の四女の方と、同じく志強武館の事務所の女性でした。
「ホン シャン(横山)、ニーハオ、ニーハオ!」
お二人は直ぐに私を見つけて笑顔で呼びかけてくださったのですが、初めて単独で海外に出た私は緊張を通り越して魂が浮遊したような状態にっており、(わぁ、本物の中国語だ、教材の音源や映画とは違うなぁ、凄いなぁ、あははは)とまるで他人事のようにその光景を見つめていました。
我ながら(私は本当に大丈夫なのか?)と思いましたが、それでも気を取り直してお二人に一生懸命中国語で挨拶をしようとしました。
といっても、喋れそうなのは「ニーハオ(こんにちは)」「シィエ シェ(ありがとう)」「ドゥイ ブ チィ(ごめんなさい)」くらいです。
私はお二人に、「飛行機が遅れてしまい長時間お待たせてしまって申し訳なかったです」ということをお伝えしたかったのですが、「フェイ ジー(飞机→飛行機)」「イー ガ シャオ シー(一个小时→1時間)」「モゴモゴ、モゴモゴ」といった音声しか発することができず、通じたのか?通じなかったのか?よくわからないまま、とりあえず食事に行く雰囲気になったので、車を停めてあるという駐車場に向かいました。
北京空港内を移動してエレベーターを降り、暗い駐車場の中から車を探し当てると、お二人は私のスーツケースとバッグをもぎ取るように奪い、車のトランクに載せてくださいました。私はそのあまりの勢いに少し怯えてしまったのですが、それでもお二人のご表情を見ると、とても優しい笑顔だったので、(ああ、中国の女性は日本の女性とは違うと聞いていたし、きっと中国式に長旅を気遣ってくださっているのだろう)と思いながら、車に乗って餐庁(レストラン)へ向かいました。
車の中でもお二人はしきりに私に話しかけてくれたのですが、いかんせん訪中直前の独学1か月仕込みの私の中国語力では、時折かすかに聞き取れそうな言葉があるだけで、まったく会話にはなりません。困ったやら申し訳ないやらで四苦八苦していると、
「ニー シー ホァン チー シェン マ?」
!?
突然、聞き取れる言葉が耳に入ってきました。
(聞きとれる、わかる、わかるぞー! えーっと確か、あなたはどんな食べ物が好きですか? だ!)
これは当然聞かれると思っていたのです、何と答えるかも事前にバッチリ練習してきています。
(よし、しゃべるぞー!)
と意気込みながらお二人に向かって、
「ウォ シー ホァン チー チンダン ダ」
(私はさっぱりした食べ物が好きです)
と答えました。初めて元気良く中国語を喋った私を見てお二人は「やれやれ」と思ったのか、とても嬉しそうに「わかった、わかった、横山はチンダン(さっぱり)な料理が好きなんだね、よーしまかせておきなさい!」とばかりに、目的地のレストランに連れて行ってくださいました。
初出 2009年2月
つづく