北京空港から車移動で目的地のレストランに着くと、まず初めに黄色い菊花茶(ジュウ ホゥア チャア)がでてきました。(このお茶は太極拳の老師方がよく飲まれていました。私は初めは「うわ、草っぽい!」と感じて飲み慣れませんでしたが、しばらくすると好きになりました。飲むと鼻と喉が太陽と草の匂いで満たされて、子供の頃に野原で遊んだ日々を思い出したのです)
黄色くて不思議な味のする菊花茶を飲みながら、お二人がお料理を注文されているのを見ていると、三人分の食事とは思えないような随分たくさんのお料理を頼んでいるようでした。私は一瞬不思議に思いましたが、想像力を働かせて(そうか、中国には遠方より来た客人を手厚くもてなす、という習慣があるらしいから歓迎の意味を込めてたくさん注文してくださっているに違いない)と思い恐縮したのですが、「いえいえ、もうそれだけで十分です」という中国語をしゃべることなど当然できず、ただただ身を任せるのみでした。
注文が終わりお料理が出てくる間も、お二人はいろいろと私に向かって話しかけてくださったのですが、やはり殆ど聞き取れず、会話にならず、不安やら情けないやらプレッシャーやらで、だんだん気分が落ち込んでしまいました。
この時になってやっと自分が言葉が分からない外国にたった一人で来てしまったのだという実感が湧き、それまでの社会経験で積んできたわずかばかりの自信が吹き飛び、自分はまるで大人でも子供でも動物でもない不思議な生き物のようだと思いました。
そんなことを考えながらも、(それでももう来てしまったんだし、大事な目標もあるんだから、まずは目の前の食事をちゃんと食べて元気を出そう!)と思い直し、次々と服務員(店員)さんが運んできてくれるお料理たちを眺めていると、
(なにか? ちょっと? い、違和感が……)
初めに出てきた菊花茶に負けない黄色いお料理たちがテーブルの上にいっぱいです。(うわぁ、目の前が凄く黄色いや)と思いながら、そのひとつひとつをよく見てみると、どうやら全てが『たまご料理』なのです。(あれ? 北京の人はたまごが大好きだなんてガイドブックには書いてなかったなぁ)と考えていると、なんだか心の中が「ざわざわ」してきました。
(なんだろう、この心のざわめきは?)
……
ん?
ん、ん、ん?
(そっか! 私の発音が間違ってたんだっ!)
“清淡”的料理
“さっぱり”したお料理
レストランに来る途中の車の中でお二人に何が食べたいか聞かれた時に、「清淡的」(さっぱりした)と伝えたつもりだったのですが、“清淡”は中国語で“qing dan”、無理やりカタカナにすると“チンダン”、そして鶏蛋(鶏卵)の発音が“ji dan”で“ジーダン”。
そう、私の発音が正確でなかったため「鶏蛋料理」と誤解されてしまったのです。
テーブルいっぱいの『たまご料理』の謎は解けたのですが、いまさら「たまご」ではなく「さっぱり」の間違いでしたとは申し訳なくて言えず、(言いたくても中国語がでてこなかったのですが)そんなに大好物ともいえない次々と出てくる卵料理を、下を向きながらモグモグモグモグ、と食べるはめになってしまったのでした。
続編「たまごは貴重なタンパク源」(執筆中)
~後日談~
その後も馮志強老師や武館の方々は、日本から一人で来た私を気遣ってくださり、よく食事に誘ってくださったのですが、この「横山はたまご好き」というイメージが強かったらしく、行きつけの餃子館に行くといつもたまご入り餃子を頼んでくださいました。
初出 2009年3月
つづく