2004年9月20日。
飛行機は、予定より1時間遅れて北京空港へ到着しました。
当時、痩せっぽちでもやしのようにひょろひょろだった私が、スーツケースをヨロヨロと転がしながら到着ロビーから出てくると、出迎えに来てくださっていたのは、北京の受け入れ先『北京・志強武館』の創立者である馮志強(ひょう しきょう)老師(陳式心意混元太極拳創始者)の四女の方と、同じく志強武館の事務所の女性でした。
「ホン シャン(横山)、ニーハオ、ニーハオ!」
お二人はすぐに私を見つけて、笑顔で呼びかけてくださいました。ところが、初めて一人で海外に出た私は、緊張を通り越して魂が浮遊したような状態になっていて、(わぁ、本物の中国語だ、教材の音源や映画とは違うなぁ、凄いなぁ、あははは)と、まるで他人事のようにその光景を見つめていました。
我ながら(私は本当に大丈夫なのか?)と思いましたが、気を取り直して、お二人に一生懸命、中国語で挨拶をしようとしました。
といっても、喋れそうなのは「ニーハオ(こんにちは)」「シィエ シェ(ありがとう)」「ドゥイ ブ チィ(ごめんなさい)」くらいです。
「飛行機が遅れて、長い時間お待たせしてしまって申し訳なかったです」とお伝えしたかったのですが、「フェイ ジー(飞机→飛行機)」「イー ガ シャオ シー(一个小时→1時間)」「モゴモゴ、モゴモゴ」といった音声しか出てきません。通じたのか、通じなかったのか、よくわからないまま、とりあえず食事に行く雰囲気になったので、車を停めてあるという駐車場へ向かいました。
空港の中を移動してエレベーターを降り、暗い駐車場の中から車を探し当てると、お二人は私のスーツケースとバッグをもぎ取るように受け取り、車のトランクに載せてくださいました。あまりの勢いに少し怯えてしまったのですが、お二人の表情はとても優しい笑顔だったので、(ああ、中国の女性は日本の女性とは違うと聞いていたし、きっと中国式に長旅を気遣ってくださっているのだろう)と思いながら、車に乗って餐厅(ツァン ティン=レストラン)へ向かいました。
車の中でも、お二人はしきりに私に話しかけてくださったのですが、いかんせん、訪中直前の独学1か月仕込みの中国語力です。時折かすかに聞き取れそうな言葉があるだけで、まったく会話になりません。困ったやら申し訳ないやらで四苦八苦していると、
「ニー シー ホァン チー シェン マ?」
!?
突然、聞き取れる言葉が耳に入ってきました。
(聞き取れる、わかる、わかるぞー! えーっと確か、あなたはどんな食べ物が好きですか? だ!)
これは当然聞かれると思っていたのです。何と答えるかも、事前にバッチリ練習してきました。
(よし、しゃべるぞー!)
と意気込んで、お二人に向かって、
「ウォ シー ホァン チー チンダン ダ」
(私はさっぱりした食べ物が好きです)
と答えました。初めて元気よく中国語を喋った私を見て、お二人は「やれやれ」と思ったのか、とても嬉しそうに「わかった、わかった、横山はチンダン(さっぱり)な料理が好きなんだね、よーし、まかせておきなさい!」とばかりに、目的地のレストランへ連れて行ってくださいました。
初出 2009年2月
つづく