2004年10月下旬、中国に渡ってからまだ約1か月しか経っていない頃。
つい数日前にCCTV-5の番組に「おまけ出演」(※『中国中央テレビ体育チャンネルに出演』を参照)をしたばかりなのに、今度はまた別の撮影に立ち会うことになりました。
この撮影のことも事前に何も知りませんでした。たぶん武館の事務局の人から何かしらの説明はあったと思うのですが、やはり私が中国語を聞き取れなかったのだと思います。
いつものように朝食を済ませたあと『北京・志強武館』に向かうと、館内は既にたくさんの人々で賑わっていました。
(武館にたくさん人が集まっているときは、必ず何かが起きる……)
私の予感は的中し、あれよあれよという間に日本の訪中学習団の方々を背に、馮志強(ひょう しきょう)老師に混元太極拳二十四式の指導を受けている様子を撮影されることになりました。
(うぅ、また大変なことになってしまった。これは一体何の撮影なんだろう? そしてなぜ私?)

おそらく長期滞在の留学生が珍しかったのだと思います。しかし私は自分が珍しい存在だということを知る由もなく、カメラと馮志強老師に見据えられたことでそれはそれは緊張し、混元太極拳二十四式の最初の動作「無極起式(むきょくきしき)」を終え、次の「金剛搗碓(こんごうとうたい)」に進んだ時点で、すでに倒れそうな状態でした。
馮志強老師は中国伝統武術界において非常に著名であり、中国国内ではその名を知らない武術家がいないほどの存在です。
(私の未熟な動作が映像化されて、多くの愛好者の方々の目に触れてしまったらどうしよう。こんなにヒョロヒョロな初心者の私では申し訳ないにも程がある。もっと上手になってからここに来るべきだった)
いつも私たちに安心感を与えてくださる優しい雰囲気の馮志強老師が、その日は大変厳粛な表情でいらっしゃいました。このとき私は、やはり太極拳家とは優しさだけでなく厳しさも兼ね備えているのだということを実感しました。
初出 2018年8月
つづく