2006年の1月上旬、北京から河南省鄭州市に渡って6か月目の早朝。
所属していた『陳正雷陳家溝太極拳館』の授業内容と練習方法への戸惑いをなんとか克服し、本腰を入れて練習に取り組んでいた矢先、私はいつもより3時間も早起きをして、河南省鄭州市の金水河沿いを自転車で走っていました。
目的地は、河南省で超有名な武術家である卜文徳(ぼく ぶんとく)老師の練習場所です。
卜文徳老師は、毛沢東が主催した会合で中国武術家を代表して演武をされた経験もあり、また長年に渡り河南省武術協会の総教練を務め、多数の弟子を率いて全国各地の武術大会に出場し、数え切れないほどの輝かしい成績を残しています。
幼い頃より武術を学び、現役時代には羅漢拳・六合刀・金絲槍・白猿棍・子午鴛鴦鉞などを得意としていました。晩年は『卜氏・八卦掌』を主に指導されていました。特に六合刀は中国少数民族の秘伝とされていましたが、卜文徳老師の才能に感銘を受けた保守的な少数民族の伝承者が「ぜひ伝授したい」と申し出て、継承されたそうです。
卜文徳老師の六合刀は、ひとたび刀を振り下ろせば、自分の上着のボタンをすべて切り落とせるほど精密な技術とスピードを持ち、また殺気に溢れています。とにかく「実戦」をひたすら追求する、現代中国では数少ない本物の武術家の一人なのです。
なぜ、そんな有名な武術家に呼ばれていたのかというと、それは卜文徳(ぼく ぶんとく)老師から突然電話がかかってきたからです。
本当は突然ではなくて、事前に私がご挨拶に伺っていたのですが、私はこの時そのことをすっかり忘れていたのです。
突然鳴った電話に驚いて出ると、相手は卜文徳老師でした。
「久しぶりじゃの、そろそろ基本功がついてきた頃じゃろう。ところでいつ八卦掌を学びに来るんじゃ?」
???
突然電話越しにそう問われた私は、鳩が豆鉄砲を食った様な状態になり、
「え、え、あ、あのう、伺っても宜しいのでしょうか?」
と、しどろもどろな返事をしてしまいました。
なぜそんなに重大なことを忘れてしまっていたかというと、時は数か月前、河南省へ渡って間もない頃に遡ります。
私が日本にいた頃の太極拳の先生と卜文徳老師に深い縁があり「河南省に行ったら、ぜひ卜文徳老師から八卦掌を学んでほしい」と指示を受けていたので、通訳の裴さんと共にご挨拶に伺ったことがあるのです。
私は太極拳を学びたくて中国に渡っていたので、
「八卦掌? 嫌だなぁ。太極拳だけで手一杯で、しょっちゅうスランプに陥っているのに、二つも習えるわけないじゃないか」
と内心反発していました。しかし断ることもできず、とりあえず挨拶だけしておけば何とかなるだろうと、軽い気持ちで訪ねました。
案の定、卜文徳老師と同席していたご長男は、私の申し出を聞くとこう言いました。
「河南省に来て陳式太極拳を学び始めたばかりなのに、八卦掌を同時に学んだら、どちらも中途半端になって太極八卦掌になってしまう。来たからには太極拳に専念した方が良い」
私は内心(あー、よかった。これで太極拳だけに集中できる)と胸を撫で下ろし、卜文徳老師に丁寧にお礼を告げて、おとなしく帰ったのです。
(どうして今になって八卦掌を学んでも良いことになったんだろう?)
理由は分かりませんでしたが、「来週になったら練習に来なさい」と言われたので、これまた断れるわけもなく、素直に行くことにしたのです。
……
約束の朝、自転車で練習場所の金水河辺の広場に着くと、卜老師と数人のお弟子さんたちがすでに来ていました。
卜老師は私を見つけると、
「どうじゃね、太極拳館で一通りの型は学んだじゃろう、筋力もついて来た頃じゃないかね、ほほほ」
とおっしゃいました。
そして、続けて、
「ジーベンゴンもついた頃じゃろう? ワシに見せておくれ」
と私に言いました。
(ジーベンゴン…、ジーベンゴン…? えーっと、なんだっけ、んー、うー、あ! 基本功かっ!)
そのときやっと、思い出したのです。
「太極拳と八卦掌を同時に学んだら、どちらも中途半端になって太極八卦掌になってしまうからダメ」と言ったのは、卜老師ではなく、同席していたご子息でした。
卜老師がおっしゃっていたのは「基本功がなければ教えられない」ということでした。
(そうだった、そうだったー!)
私の脳裏に鮮明に蘇った記憶は、卜老師のご自宅の薄暗いリビングで、「弓歩、ゴンブー」「馬歩、マーブー」「仆歩、プーブー」といった歩型を一通り説明され、やってみせろと言われたものの、できなかったことでした。
当時の私は、「中国武術の基本功」という知識も概念も持ち合わせていなかったのです。
あれから数か月が経ち、陳式太極拳館に1日3回(朝・昼・晩)通い詰め、毎回の授業では、基本功となる歩型を含む準備運動を30分間行っていたので、基本歩型は自然にできるようになっていました。
卜老師は、その時の私を見て、ちょうどこの時期なら基本功が身についているだろうと予測して、ご連絡をくださったのです。
お互いに多少の誤解やすれ違いはあるものの、中国に渡って1年半近く経っていたので、勘違いにはもう慣れていたことと、細かいことよりも本質的なことを大切にするべきだということを学んでいたので、私は卜老師の「時が来るまで待つ」という指導法に惹かれました。さらに、太極拳の枠を超えた中国武術全般に共通する「基本功」の魅力に魅せられて、学ぶつもりなどなかった八卦掌を、ぜひとも学んでみたくなりました。
その日から、ああ、その日からなのです。
私の地獄のスパルタ修行の日々が始まってしまったのです。
……
普段は温和な卜老師ですが、練習が始まると”武魂”のスイッチが「ガッコン!」と入ります。
その姿は、まさにジャッキー・チェン主演の映画『酔拳』に登場する師匠に、殺気満々の風格を加えたようなものです。(卜老師は大変な酒豪で、87歳になられた当時も、アルコール度数50度以上の白酒を毎日2合は呑まれていました)
そして、指導中の卜老師の眼には、中国語で云う所の「神」が漲ります。
『卜氏・八卦掌』の基本の型は、それほど複雑ではないのですが、動作をまだ覚えきれていない学習初期の段階から、とにかく”眼法”を叩き込まれるのです。
たとえば、練習中は絶対に下を見てはいけません。少しでも目線が地面に落ちたら、残りの練習量が2倍に増やされます。
しかし、目の動きだけだけではありません。一つの動作を終えると「ダメじゃ! ダメじゃ! 顔がダメじゃ!」と顔にダメ出しをされます。
(か、顔、顔がダメなの? 顔は生まれつきだから、どうしようも無いよ〜)
と思い、「卜老師、私の顔がどのようにダメなのでしょうか?」と質問すると、「敵を見ておらんじゃないか!」と叱咤されます。
(敵? 敵? 敵はどこ?)
そう思いながら「はい! わかりました」と言って、それらしい表情を作るのですが、「ダメじゃ! ダメじゃ! 顔が全然ダメじゃ! 敵を見とらん、どうやって戦うんじゃ!」と叱られます。
「いいか、よ~く見ておれ、こうじゃっ!」
そう言って技を行う卜老師の顔は、正に“武魂”そのものです。
「おおおおおーーっ!」
御年87歳とは思えぬその殺気に、私は毎回目から鱗が落ちる思いでした。
(一体私は今まで何を考えて太極拳を練習していたのだろう…)
何だかわけは分からないのですが、「本物の中国功夫がここにある!」という殺気だけは伝わってきました。
そして、この日から、信じられないほどハードなスパルタ修行が始まってしまいました。
早朝は、日の出と共に金水河沿いの練習場所で卜老師に八卦掌をしごかれ。それが終わったら午前9時から陳式太極拳館で太極拳の練習を、その休憩時間に建物の階段の踊り場でこっそり八卦掌を復習し、午後はまた卜老師の自宅前の練習場所(駐車場)で個人指導を受け、夜は7時から再び太極拳館へ…
一つの勘違いと、一瞬の感動が、こんなハードメニューに取り組む日々を運んできてしまったのです。
初出 2011年1月
つづく

