2004年12月。
北京へ渡り3か月が過ぎ、留学生活に少し慣れてきた頃、小钱が「幼馴染の結婚式があるから、しばらく地方へ行ってくるね!」とだけ簡単に言い残して、突然いなくなってしまいました。
当時の連絡手段はPHS電話(通称ピッチ)だったのですが、地方へ出てしまうと繋がらなくなります。行く先も、いつ戻るかも、何も言い残さないで行ってしまった小钱の行動が、まったく理解できませんでした。相談できる相手もなく、私はしばらく、旅館から出られなくなりました。
一週間ほどして、とつぜんPHS電話が鳴り、小钱から「北京に戻ったよ!」という報告がありました。
島国育ちの私には、片道に数日かかる遠出は大旅行でしたが、小钱にとっては、ちょっとそこまで、くらいのことだったようです。
私は思い切って服を着替え、顔を洗って、武館に向かいました。
憔悴した姿で武館へ現れた私を見た小钱は、
「你怎么搞的! 怎么这个样子,我走的时候你还好好的!」
(どうしたのその姿! 僕が出かけた時はあんなに元気だったのに!)
と言うと、ヨロヨロしている私の肩をつかみ、食堂へ連れて行き、春雨入りの白菜と豆腐の鍋を注文してくれました。
おとなしく食べている私を見つめていた小钱は、静かに言いました。
「我不知道你以前在日本过的是什么日子。可是你要想开一点吧」
(君が日本でどんな生活を送ってきたか知らないけれど、もう気にしなくていいんじゃない)
思いがけず心の奥に触れられた気がして動揺した私は、鍋の湯気と涙でとてもみっともない顔になり、それを見た小钱は「泣かないで、泣かないで!」と慌てて、変顔をして私を笑わせようとしてくれました。
翌日は朝から武館に小籠包を大量に持ってきて、私に無理やり食べさせると「動物園に行こう!」と言って、仲間数人と北京動物園へ連れて行ってくれました。
途中で白い孔雀を見かけた時、その姿があまりに美しかったので、足を止めて見とれてしまいました。
真っ白で神々しい白孔雀を見ていると、だんだん心が晴れやかになりました。いつまでも飽きずに見ていると「写真を撮ってあげるから、そろそろ次へ行こうよ」と小钱にせかされて、記念写真を一枚撮りました。

初出 2010年6月
つづく