REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

同志現る

卜文徳老師のもとで

2006年6月中旬。すでに真夏並みの暑さとなっていた河南省に舞い戻った私は、まず何はさておき、卜文徳老師のお宅へご挨拶に向かいました。

「ガン! ガン! ガン!」

鉄製の扉をノックし、「卜老師、我来了!」と声を張り上げると、卜老師は「好、好(よし、よし)」と言って扉を開けてくださいました。

私はまず、しっかりと卜老師の眼を見てから、電話一本で急に帰国してしまったお詫びをし、「今後はしっかり気持ちを新たに精進します!」と宣言しました。それから、日本から抱えてきたお土産をお渡しして、ご家族のご健康をお伺いしました。

卜老師は戻ってきた私を見て、とても喜んでくださいました。そして、またいつもの口調で言うのです。

「ホホホ、帰国してしっかり皆に中国で学んだことを伝えてきたかね? まだまだ修行が足らぬことがわかったじゃろう、中国での生活は苦しい、しかし少林寺で修行してる子供たちに比べたら、お前さんはまだ恵まれておる、住む家も清潔で環境も整っておる、しっかり精進するのじゃ!」

私は少林寺の子供たちと自分(30歳)の体力の差を比べる前に、卜老師に見捨てられなくて済んだことが嬉しくて、心の中でホッと一安心しました。

卜文徳老師のご自宅はいつも節電のため薄暗く、壁に掛けてある賞状やメダルだけが重々しく輝いています。

卜文徳老師の自宅で、賞状やメダルを背に立つ横山春光
2006年6月 卜文徳老師のご自宅で(横山春光)

「旅の疲れもあるじゃろうから、2日間休んで練功に来なさい」

そう言われて自宅に帰ったものの、何もすることがないので、私は太極拳館へ向かいました。

館内に入って行くと、何やら、ざわざわと人だかりができています。

「メイダイヅ、見て見て! ほら、あれ、外国人だよ!」

(館の人たちは、私の中国語名の音でそう呼んでいました。いかにも日本人らしい響きで呼びやすいらしく、必要以上に連呼されていました)

(え? どこどこ、へぇ~、珍しい、外国人が来たんだ!)

(でも、私も一応外国人なんだけどなぁ~)

人垣を掻き分けて覗いて見ると、30代くらいの大人しそうな男性が、太極拳館の片隅に佇んでいました。聞くと韓国人だそうで、よく見てみると確かに、韓国ドラマに出てくる男性のようなパーマ(“たのきんトリオ”のトシちゃん風)をかけています。

どうやら中国語がほとんど話せないらしく、一人寡黙に太極拳の練習に取り組んでいましたが、その太極拳がとても上手だったことに私は驚きました。中国人の太極拳の風格とは少し違った、奥ゆかしさのある不思議な風格の拳なのです。私はとても新鮮なものを感じ、興味を惹かれました。

私が帰国している間に留学に来て、もう1か月ほど経っていたそうです。ジロジロと見られながら一人寡黙に練習している姿を見ていると、何だか他人事とは思えなくなってきました。

私もまったく中国語を話せない状態から中国に来たので、どんな単語を使えば会話が通じるのかは心得ています。簡単な単語と身振り手振りで話しかけてみると、最初は、気軽に話しかけてきた私を少し不審そうに見ていましたが、やがてパッと表情が明るくなり、嬉しそうに片言の中国語で言いました。

「ワタシノ、トモダチ、キョウ、オナカ、イタイ、ヤスンデイル、アシタ、ココニ、クル、ソノ、トモダチ、ニホンゴ、ハナセル」

私に会わせたいような様子です。

翌日現れたその友達は、とても人柄の良さそうな方で、日本語も流暢とまではいきませんでしたが、通常のコミュニケーションを図るには問題のない日本語能力を持っていました。聞くと、太極拳館との手続きやら、食事やら、日常用品の調達やら、中国語がわからないのでとても困っているらしく、私と会えたことでとても嬉しい、と言ってくれました。

その日から、私は2人の面倒係、と言うより親友のように親しく交流を深めるようになりました。

日本語も中国語も話せないのは「ジュアン」という名前の方で、地元韓国で太極拳の教練を務めている実力派でした。もう一人は「ヘソ」という名前の方で、韓国のファンタジー作家でした。ヘソは、さすが作家と唸らせるほど、私との日本語会話の中で、日に日に日本語力を上げていきました。

会話と会話の“間”、距離感、礼儀作法、心遣い。2人とも礼儀正しく、レディファーストで、距離をきちんと守ってくれる人たちでした。言葉は不自由でも、2人との交流は非常に快適で、私は何のストレスもなく、色々な話をしました。

最初、私は韓国と日本の文化がきっと似ているんだ、だから気が合うんだ! と単純に思っていました。しかし交流を深めるにつれ、それだけではないことに気がつきました。

太極拳教練のジュアンは仏教を信仰しており母親は漢方医、ファンタジー作家のヘソは愛読書が『金剛経』だと言うのです。2人とも、人生で苦しい時期を通ってきたそうで、そこから心の平安を求め、仏教の思想や、太極の思想を学び始めたと言うのです。

私たちの会話は、サラリと澄み切った青空の話でもしているような、爽やかなものでした。

私は、生まれて初めて“同志”と呼べる友に出会えたことを知り、歓喜で胸がいっぱいになりました。

夏の空の下、団地と木々を背にした赤土の広場で、白いTシャツの三人が並んで太極拳を練習する後ろ姿を描いた水彩画
ジュアン、ヘソと三人で練習した夏(当時の記憶をもとに描き起こしたイラスト)

しかし、2人が中国に滞在できるのは、3か月間だけでした。私と一緒に練習できるのは、残りの2か月。

たった2か月……

せっかく出会えた同志と共に過ごせる時間のあまりの短さに、胸がキュっと締め付けられる思いがしました。

「でも、せっかく縁あって同じ場で鍛錬することができるんだ! 精一杯切磋琢磨しよう!」

そう自分を叱り飛ばして、いつものように早朝の卜老師の特訓を終え太極拳館へ向かうと、入り口の告知板に新しいニュースが貼り出されていました。

『第二届中国陳家溝国際太極功夫精英賽』

太極拳の本場、河南省で行われる伝統陳式太極拳の大会です。

私とジュアンはこの大会に出場することを決め、ヘソは私たちのサポート役を買って出てくれました。

この大会が終わると、ジュアンとヘソは韓国へ帰ることになっていました。

初出 2011年3月

 つづく