REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

陳式太極拳「老架二路」

師を探して

2006年12月。

10月に鄭州市で開催された伝統武術大会で、私は張喜群(チャン・シーチュン)という教練の陳式太極拳「老架二路」を偶然撮影していました。他の教練や選手も含め、何度も繰り返し観ていると、とてもシンプルで伸びやかな動作に魅入られました。

その張教練が、私が受講できる夜の枠で老架二路の授業を開講されることを知りました。老架二路は激しい動きが多いので、自分には無理だと思っていましたが、(動作だけでも真似してみようかな?)という気持ちで受けてみることにしました。

“ぼくとつ”とした人柄の張喜群教練の指導法は無駄がなく、老架二路の風格をわかりやすく解説してくれたので、私は知らず知らずのうちに老架二路に夢中になっていき、毎晩、太極拳館に出向き、老架二路に打ち込むようになりました。

張教練は、私を一度も虚弱だとは言わず、むしろ「やればできる!」と言って、真剣に指導してくださいました。月が替わって新しい学生が入ってくると、「メイダイヅと、あと数名は、隅で老架二路の自主練習を」と言い、新しい学生たちへの指導が終わると私たちの動きを見て、さらに細かい指導をしてくださいました。

「ドッカン! ドッカン!」という豪快な老架二路の動きは、疲れるというより、雑念が吹っ飛んで爽快な気分になれました。なんだか、もう何も考えずに、とにかく思いっきり飛んだり跳ねたり拳を打ち出していると、悩みや行き詰まり感が薄れていくので、素直に「気持ちいい」と思いました。

気がつくと仲間ができました。私を合わせて5名ほどでしたが、毎晩同じ顔ぶれのメンバーで老架二路を練習していました。

……仲間ができたのです。

でも私はもう知っていました。仲間とは、ずっと一緒にいられるわけではないことを。太極拳館の教練には「本館を発展させるために、各地に派遣される」という任務がありましたし、学生も一定期間を過ぎると太極拳館を去っていきます。私は2年目にして、すでに老学生(ラオシュエション/古い学生)だったのです。

その頃、鄭州では風邪が流行していて、運悪く私も風邪を引いてしまいました。うつしてはいけないと思い、自宅で休んでいると、老架二路チームの一人が電話をかけてきました。

「你怎么不来拳馆呢?(どうして太極拳館に来ないの?)」

「我感冒了(風邪を引いたの)」

「感冒什么! 整天躺在床上,对感冒更不好!(風邪が何だ! 一日中ベッドに寝ている方が、風邪にはよっぽど悪いぞ!)」

私は、またかと思いました。風邪を引いて休むと、必ず「風邪は太極拳で治す」と言われるのです。実際、練習して血行が良くなっている間は、咳や鼻水といった風邪の症状が治まるので、あながち迷信とも言えなくなっていました。

しかし、この時期の風邪は強敵で、私の風邪はなかなか治りませんでした。板蓝根(バンランゲン)を毎日飲んでいましたが、甘くてお腹が空かなくなるので、食欲が落ちて痩せてしまったのですが、それでも毎晩、太極拳館へは通い続けました。

ずるずると風邪をこじらせていたにもかかわらず、仲間の気遣いのおかげで寝込むことはなく、昼休みは自然と、張教練と老架二路チームと一緒に、寮で昼食を食べるようになっていました。

チームの中に黒竜江省出身の学生がいて、彼は実は料理人としてかなり本格的に働いていたらしく、寮のみんなで昼食の準備をする時は、彼が指揮をとって、みんなは「好的,厨师!(はい、シェフ!)」と返事をして、テキパキと動いていました。寮のテーブルにはさながら東北(ドンベイ)料理レストランのようなメニューが並び、風邪を引きながらも、この昼食が美味しかったので食欲が回復し、気がつけば私の流行り風邪は治っていました。ドンベイ料理は煮込み系が多いので、特に冬は体が温まるのです。

そんなふっと湧いたような楽しい日々でしたが、春節が近づくと、張喜群教練も仲間も、太極拳館を旅立つことになりました。

最後に仲間内だけで送別会を開き、太極拳館での授業を修了して河南省を離れる、あの黒竜江省出身の学生から、红烧鱼(魚の煮込み)の特別な作り方を教えてもらいました。仕上げにたっぷりの大根の千切りとパクチーを乗せるのです。みんな食べたことがないと大喜びでした。

そして、黒竜江省出身の彼が、真冬でも寒がらずに薄手のジャンパー一枚で、風邪も引かずに鄭州の冬を過ごしていたのを見て、私は中国大陸の広さを改めて感じました。

後日談

太極拳館では料理が得意な中国人男性に数人会ったことがありますが、みんな最初は隠していました。知られると毎回作らされるのが嫌なのだそうです。だけど、結局我慢できないのか、徐々に得意だと打ち明けてしまい、気がつくとキッチンのリーダーになっているので、少し笑ってしまいました。

初出 2011年4月

つづく