REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

河南省「伝統武術大会」

卜文徳老師のもとで

2006年10月。

韓国から鄭州に戻った翌日、太極拳館も、卜文徳老師の周囲も、どこもかしこもお祭り騒ぎになっていました。

10日後に「第二届・世界伝統武術節」が開催されるというのです。それは66の国と地域から、2000人以上の選手が集まるというとても大きな大会でした。

太極拳館の仲間たちには「メイダイヅ、どこ行ってたんだよ、なんでいなかったんだよ、肝心なときに。こんな重要な大会に、なんで出ないんだよ」と言われました。

「そんなの、知らなかったもん! 知っていたら、エントリーしたのに(あんなに落ち込まなかったのに)どうして教えてくれなかったの!」と言い返すと、「みんな話してたよ、聞いてなかったの?」と言われました。

確かに、エントリー期間であっただろう8月の太極拳大会の終了後は、一緒に出場した韓国の友人二人を無事に帰国させることで頭がいっぱいで、何も聞いていませんでした。

悔しくて地団駄を踏みましたが、後の祭りです、いや祭りはこれからなのですが、とにかく私のエントリーはもう間に合いません。

仕方がないので(将来の参考資料にでもしよう)という軽い気持ちで、ビデオ・カメラを持って、一人で撮影に行くことにしました。

太極拳館の仲間は「一緒に行こう」と誘ってくれましたが、小路に「それは卜老師に不義理だ。あくまで卜老師側の関係者として行かなければだめだ」と言われたので、素直にそうしました。

第二届・世界伝統武術節の看板の前に立つ、黄色の表演服の卜文徳老師と、得意弟子の崔老師
第二届・世界伝統武術節の会場で。卜文徳老師と、得意弟子の崔老師(右)。

2006年10月16日。初日の会場には、陳正雷陳家溝太極拳館の教練たちも勢揃いで出場していて、私は興奮して息を止めながらカメラを向けました。

ほかにも、八卦掌や形意拳、そのほかの外家拳の伝統武術もたくさん競技していて、まさに中国武術のお祭りでした。

(同志との別れに心を痛めている間に、中国は広い。さすが武術の本場、少林拳と太極拳の発祥地、河南省。すごい!)

そう思いました。

翌日の2006年10月17日。我らが87歳の卜文徳老師が、鄭州代表団の最年長選手として出場していました。

第二届・世界伝統武術節の会場で、メダルを首に掛けた卜文徳老師と、横山春光(左)、小路(右)
メダルを首に掛けた卜文徳老師と、私(左)、小路(右)。

普段はストイックで質素な暮らしをしている卜老師でしたが、大会の舞台に立つと、やはり輝きを放っていて、観客席からの歓声もどの出場選手よりも大きく会場に響いていたので、まさに地元鄭州の大スターでした。

(私の知らない、若かった頃の卜老師も見てみたかった)

そう思いながら、大会の会場にいる間は、悲しみが吹き飛んでいました。

私は一人ぼっちになったと思っていましたが、中国に帰れば、こうしてどこかに属しているんだ、陳式太極拳と卜氏八卦掌の間で、中途半端な立ち位置かもしれないけど、人目を気にしなさいと言われた日本に比べたら、中国の流派や派閥というものが、かえって分かりやすくて迷わないと思いました。

気がつけば、寂しくなくなっていました。

後日談

この日に撮影した映像の中に、後に私の師となる、八卦掌第五代正統継承者の麻林城老師が映っていました。それに気づいたのは、一年以上も後のことでした。

あとで手に入れた2006年10月17日付の鄭州晩報には、卜老師が体育ホテルの1階から5階まで息を乱さずに上ったこと、長生きの秘訣を聞かれて「秘密なんかない、よく動くことだ」と答えたこと、「自分の功夫を伝えて、もっと多くの中国人を健康にしたい」と語ったことが載っていました。同じ日の紙面に、麻林城老師の八卦刀の記事も載っていたのです。

初出 2011年3月