2007年7月。
私は卜文徳老師のお孫さんの云龍に電話を掛けると、「体調が悪いから、卜老師との練功を1か月ほど休む!」と言い放ち、そのままベッドの上に倒れ臥して、気が済むまで寝ました。
もう何もかもが嫌になってしまいました。寝ても醒めても「下功夫! 下功夫! 抓紧时间,下功夫!(シア・ゴンフ/練習! 練習! ひと時の時間を惜しむように精進しなさい!)」と言われ続け、息つく間もなく追い立てられて、身も心もクタクタでした。
しばらく眠って目が覚めても、どこかへ出かける元気はなく、再び気が済むまで眠りました。
しかし、眠りに就きながら私が考えていたことは、「私の練習方法は間違っている」ということでした。
と言っても、打開策がないのです。太極拳館では一進一退の練習を繰り返し、卜文徳老師の練功の量に私の体は追いつかず、ただ消耗するだけの日々を積み重ね、練習方法を疑い、心の中が滅茶苦茶になっていたのです。
翌朝、ベッドの上で目覚めた私は、他にやることがないので、また太極拳館に行くことにしました。とにかく卜文徳老師との練功は、1か月の休暇を取ったのです。
まだ完全に疲労が回復していない朦朧とした精神状態で、新館と老館に分かれている『陳家溝太極拳館』の新館のあるビルのエレベーターに乗ると、私の指は無意識に太極拳館のある『7階』を避け、ヨガ・センターのある『9階』を押していました。完全に無意識でした。思考するエネルギーですら消耗し切っていたのです。
そしてエレベーターのドアが『9階』で開くと、そこは……
ホワワワ〜ン
癒しの世界でした。優しい声の綺麗な受付の女性、ヨガの本場インドから来られている深い瞳を持つインド人のヨガの先生、魂に流れ込むインドの音楽。私はそのヨガ・センターに吸い込まれるように受講の手続きを済ませ、翌日から3日間、受講準備レッスンを受けることになりました。
そして初日、中国人の初級ヨガ・インストラクターと一緒に瞑想をはじめた時、私は愕然としました。鏡に映った自分の坐相に驚いたのです。隣のインストラクターの方が私より体は大きいのに、鏡の中では、私の坐相の方がずっと大きく見えました。
とっさに、
(嫌だっ! 八卦掌や太極拳を諦めたくない!)
という気持ちと、
(やっと自分のいるべき処に辿り着けた、これで楽になれる)
という相反する気持ちが、ほぼ同時に沸き起こりました。
本当にヨガの道を歩むのであれば、そんな簡単で楽なものではないことはわかっていました。しかし、疲労困憊の私の心と体にとって、ヨガの動きと瞑想法は、あまりにも強烈な魅力を持っていました。
ヨガの授業の後に更衣室で着替えていると、ロッカーの鏡に映った自分の顔色が良くなって、パッと若返ったように見えるのです。体調も良くなるし、気分も晴れます。
気がつけば、私は連日ヨガ・センターに通い詰め、残りの時間は按摩院に通ってボロボロになっていた頚椎と腰を按摩してもらい、太極拳館にすら週に数回程度しか顔を出さなくなっていました。
2007年7月、私はヨガ・センターで、99.9%の天国に浸っていたのです。
残りの0.1%は、師匠を探しに中国へ来た、という思いでした。
初出 2011年5月
つづく