REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

云龍と卜氏八卦鉞(ユエ)

師を探して

2007年4月。卜文徳老師のお孫さんである卜云龍は、本当に恋人を連れて卜老師の家に帰ってきました。そして約束どおり、私に武術の基礎を教えてくれるようになったのです。

たまに仲間が呼びに来たり、恋人にせがまれたりすると、練習を放って遊びに行ってしまうのですが、それでも卜老師は、不機嫌な顔をしながらも嬉しそうでした。

云龍は、卜老師と180度性格が違いました。

「爺ちゃんは牛だ! 牛のような体力で黙々と練習していくんだ。俺は違う、俺は猿だ、猿のような賢さで布団の中で練習するんだよ!」

「はぁ? なんで布団の中なの?」と私が聞き返すと、「俺、夜遊び好きだろ、だからさぁ、早起きするの苦手なんだよ。でも朝布団の中で寝ぼけながら動きのイメージ・トレーニングするんだ。へへっ、それでも俺の動きは上達するんだからな、人にはそれぞれ合った練習方法があるんだよ!」

(おおおっ! なんだか良くわからんが、説得力がある!)

私はそう思いました。それほど云龍の動きは秀でていて、人を魅了する輝きがあったからです。

私が数か月間苦戦をして、もう諦めようと思っていた卜氏八卦鉞(ユエ)を云龍に見てもらうと、「ガーッ、お前ダサすぎ、ヤバイよその動き、素麺かよ!」と言って私の鉞を奪い、彼は華麗に舞い始めました。

卜氏八卦鉞の基本功を指導している卜云龍
卜氏八卦鉞の基本功を指導している卜云龍

云龍が動くと、周囲の空気が変わります。公園でも駐車場でも、彼がひとたび動き始めると、人目を引きました。

(ななっ、なんだか凄っく楽しそうだぁ〜! いいなぁ〜、あんな風に動きたいなぁ〜)

私は子供のようにはしゃいで、「ねぇねぇ、どうやったらそんなにクルクル回せるの、基本功教えて!」と言って、双兵器(武器)の基本である“舞花”という腕と体の使い方を教えてもらいました。卜老師もご自身の練功をされながら、時々云龍の様子を見て、嬉しそうにしておられました。

私が鉞を持ち替えて、基本功なる“舞花”でグルグルと絡まっていると、云龍が言いました。「いいか、おまえ太極拳やってるってゆーのに、全然放松(ファンソン/余分な力を抜くこと)できてないじゃんか、腰とか肩とか、とにかく全身緩んで協調してなきゃ、スムーズに回んねんだよ!」

「えー、そうなの? だって云龍は私のこといつも素麺って言うじゃん、なのに何で私まだ緩んでないの?」

「アホだなぁ、緩んでるのと素麺ってのは、意味が違げーよ」

なんだか、云龍と練習をしていると、固まっていた頭まで緩んで、血の巡りが良くなっていくような気がしました。

駐車場で卜氏八卦鉞を練習する横山春光
卜文徳老師のご自宅の駐車場にて

「お前さぁ、たぶん太極拳はそこそこ上手かもしんないけど、なんで爺ちゃんの八卦掌が上達しないかわかる?」

「えっ? ハッキリはわかんないけど、私、卜老師の八卦掌は子供の頃から筋肉とか運動神経とか、そういうの鍛えてないとできないって思ってた」

「あたり。おまえ基礎の筋力つけることとか、専門のパーツ分けした動きのトレーニングとかやんなくて、套路ばっかやってるから、ちっとも上達しないんだよ」

「だって私、子供の頃から武術やってきたわけじゃないし……」

「今からでも遅くないじゃん」

「無理だよ、私、もう31歳だもん」

「大丈夫じゃん、おまえ童顔で23歳くらいにしか見えねーし」

「そういう問題なの?」

「さ〜な、やってできなかったら、そん時に考えればいーじゃん」

「はぁ」

河南省に来たばかりの頃、太極拳館の表演隊の男の子たちには、私は19歳だと思われていました。29歳だと何度言っても信じてもらえず、本当の歳を知った途端、波が引くように、誰からも誘われなくなりました。それなのに云龍は、31歳だと知ったうえで、やってみろと言うのです。

私も上達したくて必死だったので、云龍と練習メニューについて再検討してみました。

云龍いわく、私の動きには無駄な“振り”(陳式太極拳で言う“脱節之病”)があるそうで、まずその誤差を徹底的に減らすために『弓歩冲拳』を一日中やらされました。それから、跳躍の高さを出すための『全力スキップ』やら、蹴りの正確さを培うための『前面&側面踢腿』やら、壁に手をつけて脚を後ろに跳ね上げる『海老反り』やら、腰を基点に両腕を高速で旋回させる『旋転動作』やら、体内のリズム感を協調させるための『表現力』やら、何やらかんやら……

しかし、特訓は毎日ではありませんでした。これまた云龍いわく、「3日真剣に練習したら、2日真剣に遊べ!」だそうです。そんなことを言われても、卜老師は練功を休むのを嫌がるので、私は遊びに行きづらく、云龍だけが遊びに出かけていました。頑なに練習を続ける私を見て、云龍は「おまえはビョーキか? 武術しかやることないのか? おまえ、ある日イケメンに会ったら、“弓歩について熱く語りませんか?”とか言う気か?」と、からかいました。

ある日、云龍は「良いこと考えついちゃったもんね」とニヤニヤしながら私に耳打ちをしました。「今日は体能(走り込みとかスクワットとかの特訓)をやるから、公園に行く! と爺ちゃんに言う。俺が真面目な顔してウォーミング・アップするから、俺が走り出したら、おまえも一緒に走ってついて来い。今日は俺の彼女と友達が公園に来てるから、お前に遊び方を教えてやる!」

(ええー!)

なんだか、どんな遊びに連れて行かれるのかと身構えましたが、言われたとおり公園に走って行くと、云龍は待っていた恋人や仲間たちと合流し、おじさんが配っている風船やら、色々な工夫をされた運動器具やらで、楽しそうに遊びはじめました。私も一緒になって風船で遊び、子供用の塗り絵広場の前では、云龍が「俺が子供の頃も、あれで遊んだんだ」と教えてくれました。

私は「云龍が卜老師の後継者になったらいいのに」と、何度か彼に言いましたが、返ってくる言葉はいつも同じでした。

「武術をやって何になる? 爺ちゃんは、あんなに達人なのに貧乏だ。武館の一つだって建てれやしない! 俺はどうやって家族にメシを食わせていくんだ!」

やんちゃな彼でも、恋人との将来の生活を考えていたのです。

初出 2011年5月

つづく