2004年9月、北京に着いて間もない頃から、私が宿泊していた旅館近くの食堂の入り口の外には、オッドアイの白猫がよく姿を現していました。
志強武館と食堂と旅館はすぐ近くにあって、そばには胡同もあり、出入りのしやすい飲食店がいくつも並んでいました。午後、武館からの帰り道に、私はよくその白猫に会いました。
中国語で猫は猫(マオ)、猫ちゃんは猫咪(マオミー)、子猫は小猫儿(シャオマオル)や小猫咪(シャオマオミー)といい、カタカナで発音しても十分に通じる音なので、片言中国語の私が呼びかけても、白猫はいつもこちらを向いてくれました。
「猫咪(マオミー)」
「小猫咪(シャオマオミー)」
「喵喵(ミャオミャオ)」
とても静かで優しい猫ちゃんで、触らせてくれそうだったのですが、中国語の発音を教えてくれていた按摩学校の友人の小钱(シャオ・チエン)に「触っちゃダメだよ。引っ掻かれて病気になるといけないから」と言われていたので、私は手を出さずに、呼びかけるだけにしていました。
声に出すのは、猫を呼ぶ言葉だけです。あとは心の中で、日本語で話しかけていました。
(足の筋肉痛が痛いな)
(中国語がわからないな)
(空気が悪くて喉が痛いな)
白猫は逃げないで、じっと聞き耳を立てて、側にいてくれました。

後日談
旅館を出てアパートに移ってからは、白猫に会えなくなりました。一度だけ見かけたことがありましたが、遠くて、同じ猫かどうかわかりませんでした。
初出 2010年6月
つづく