REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

一無所有 擁有一切

師を探して

2006年11月。賑やかだった夏が過ぎ去り、中国北部の短い秋が終わろうとする頃、私は再び鍛錬の日々に戻っていました。

夏の太極拳大会のために必死につけた筋肉は、もともと筋肉のつきにくい体質のせいもあって、きれいサッパリ落ちてしまい、また一からの鍛え直しでしたが、それでも何とか太極拳館と卜文徳老師のご指導と、両方のメニューを消化していました。

夏の間は、外国人や地方から太極拳を学びに来た学生のために連日イベント満載だった太極拳館も、11月になると一気に人気が少なくなり、授業を受けているのは私を含めて地元の生徒ばかりになりました。

不安も、孤独も、やる気も、充実も、出会いも、別れも、メンタル復活も、一通り経験した私は、相変わらず体は細いままでしたが、それでもちゃんと練習に取り組んでいました。

「一无所有(イー・ウー・スオ・ヨウ/何も持っていない)」

何もありません。

太極拳館で、教練と10数名の生徒達と『陳式太極拳 老架一路』を黙々と練っている時、(あぁ〜、私は何も持っていないなぁ)と、しみじみ思いました。

せっかく出会えた同志達とは、束の間の3か月しか切磋琢磨できませんでした。日本で3人で再会するはずだった話も、なくなりました。幼い頃から体が弱かったので、人生であり得るはずがないと思っていた武術界での金メダルも獲りました。それでも(あぁ〜、いま、私は何も持っていないなぁ〜)と全身で、しみじみと感じました。

ところが、不思議なことに、なんだかスッキリしているのです。

「一无所有」

何もありません。

でも、今、ここで、私はまだ生きている。そして太極拳の発祥の地で、教練と十数名の生徒達と一緒に、太極拳を練習している。

「拥有一切(ヨン・ヨウ・イー・チエ/すべてを持っている)」

それが、“全て”ではないのか。

一瞬、大きな幸福感に包まれました。価値観は違うし、反日感情もあるし、全然打ち解けられないけれど、一緒に太極拳を練習することはできるのです。これが、今この時が、“全て”ではないか。

「一无所有、拥有一切」

何もないのに、なんだかすごく幸せ……

本当に一瞬ですが、太極拳館で『老架一路』を練習している時、そういう幸せな瞬間を感じるようになっていました。

……

ある日の午後、いつものように卜文徳老師直々の『卜氏八卦掌』の指導が終わると、秋になって気温が爽やかになったせいか、体力に余裕があることに気がついた私は、太極拳館の夜間の授業にも通うことにしました。夜は表演隊の男の子達が、交代で教練を務めていました。

(写真:河南省鄭州市 陳家溝太極拳館 表演隊の演武風景)

何か守秘義務でもあるのか、それとも自分の練習で精一杯なのか、寡黙でプライドの高い表演隊の“小教練”達は、地元の生徒にも私にも、授業以外ではあまり声をかけてきません。授業の合間の休憩時間も、さっさと事務室に入り込んで10分くらいは出て来ませんし、特に私に関しては、授業中の2時間どんなに一生懸命練習に取り組んでいても、チラリとも見てくれません。

(まぁ、いいや、どうせ明日の早朝もまた卜老師にしごかれるから、夜は気楽に太極拳を流していこう)

そう思ってマイペースに授業に出続けた数日後、表演隊の中でも“とびっきり”プライドの高い許文軍(シュー・ウェンジュン)君が、常連の生徒に向かって「メイダヅ(私の中国名)の陳式太極拳 56式、すっげぇ格好良かったから、今度見せてもらいなよ!」と言ってくれました。

私は「な、な、な、何を、ダメです、全然ダメです、大会の時に比べたら、すっかり体が鈍ってしまいました!」と慌てて断ったのですが、このことがきっかけで少しずつ地元の生徒たちとの距離が縮まり、韓国の友人たちのようにいきなり“しっくり”とはいかないまでも、中国人の仲間との雰囲気に慣れていきました。

意外な人からの言葉が、素直にとても嬉しかったのです。